独立傭兵フロイト

互いにギリギリの戦いであったが、最後の最後でLOADER4がロックスミスを斬り付け、ロックスミスが膝から崩れ落ちた。
バクバクとした心臓の音が鼓膜を叩く。操縦棍を握る手が汗で滑りつつあった。太ももの上で手のひらの汗を拭って、息を潜めて時を待つ。
ほんの一瞬だけロックスミスを見つめていたLOADER4は踵を返し、ザイレムの奥へとブースターを吹かせて向かっていった。行くなら今しかない。
MTを発進させ、最短でロックスミスの元へ滑り込む。素早く機体から出てロックスミスのフレームへ足をかけて登り、ハッチへ手をかけた。
至る場所のフレームが銃弾や刃により歪んでいるが、運良くハッチは開いてくれた。中へ潜り込み、気を失っている隊長とコックピットの椅子とを固定するベルトを外す。
両脇に腕を差し込んでなんとかコックピットから引っ張り出そうと躍起になった。強化されていない体では隊長の体は重すぎる。緊急脱出用パラシュートを開いて隊長の関節と胸に巻き付け、ハッチへ引っ掛け引っ張り出した。コアの上まで救助することに成功した為、MTに戻って大きな手で慎重に隊長を掴み上げ、こちらのコックピットへと下ろした。
座席の横へ毛布をクッション代わりにぐるぐる巻き付ける。ぽたぽたと隊長の髪へ水滴が落ち、そこで自分が泣いていることに気づいた。
手が震えている。この人を死なせてはいけないと本能が私を動かしている。死んで欲しくない。あの誰よりも強い隊長の命がここで終わるなんて許さない。
まだこれから、と言っていた。まだこれからなのだ。まだ終わっていない。
そこからはあまりよく覚えていない。
アーキバスには星外脱出用の小型宇宙船があり、それはヴェスパーの隊長の数だけ存在する。そのうちの一つを使って今、私と第一隊長は宇宙を航行していた。

回復ポッドに入ってよく眠っている隊長を見る。
至る所の骨が折れたり内臓が炎症を起こしていたり機体内の破損により切り傷があったりと様々な問題はあったものの、アーキバス最新鋭のこの装置では3時間眠ると動けるほどには回復すると表示がされている。なんともまぁ、便利なものだ。
もうくたくたで指一本動かすことすら難しい私は、その横で椅子に座り、回復ポッドへ頭を預けて眠りについた。


僅かな振動が意識を浮上させる。
ポッドに預けていた頭を退けると、その中にいた隊長と目が合った。ポッドの蓋をノックしていたようだ。
「失礼しました。隊長、ご無事でなによりです」
ポッドのモニターを確認する。眠ってから30分も経っていないようだった。隊長は体が万全ではないのに普段通りの表情をしている。
「今どこへ向かっている?」
「自動操縦でルビコンIII星系支部へ向かっています」
手元の端末に軌道を表示させ、回復ポッドの透明な蓋越しに隊長へ画面を見せた。
「行き先は変えられそうか?」
「…はい。隊長権限で変更可能です」
「分かった」
回復ポッドの蓋を内側から開けた隊長は、私の手から端末を抜き取りいくつか操作を行っていく。
ポッドに戻ってくれだったり、また勝手なことを…などと思ったが言ったところで無意味なのでそれをただ大人しく見つめた。
「…行き先を伺っても?」
「とりあえずまともな宇宙船を買って星系を出る」
「えっ」
目を丸くした私を一瞥せずそのまま続ける。端末を見るに軌道は既に変更されたようだ。
「俺はこれから独立傭兵として生きるつもりだ。そこでお前に営業・事務その他諸々を頼みたいんだがどうだ?」
「…はい。私でよければ」
隊長の動きが止まり、僅かばかり目を見開いてこちらへ視線を向けた。珍しい仕草だ。
「…どうしました?」
「お前、今年の想定年収は?」
「⬛︎⬛︎CORMです」
隊長が端末を操作する。
「…よし。振り込んでおいた。確認しろ」
「は…えっ!?今なんと…」
慌てて自身の携帯端末を取り出し確認すると、確かに同じ金額が口座へ振り込まれていた。顔を上げるともう視線はこちらへ向いておらず、手元の端末へと注がれている。宇宙船を物色しているようだ。
「今から約1年分の前払いだ」
「な、なぜです?」
「詳細も聞かず二つ返事で了承した馬鹿に俺からボーナスだ。プラスして独立傭兵としての収入は純利益を都度5割渡す」
「は、いえその、多過ぎです」
「何故だ?お前はACを操作する以外の殆どを請け負うことになる。むしろ安いとは思わないのか?」
「いえ。命をかけている隊長の方が比重は大きいと考えます」
「そういう考えか。どちらにしろ俺は一生分の金が口座にある。今後の収入を全額お前に渡しても痛くないほどにな」
「し、しかし…」
「全額支払うか?」
「…5割でお願いします…」
隊長には逆らえない。

こうして隊長との共同生活が始まった。


ルビコンIIIの星系は半世紀前と同じように焼かれ、隊長は主犯のレイヴンを探し出し、彼と戦うことを目的として独立傭兵の道を決めたらしい。

新しく購入した宇宙船はほとんどがACとそのパーツとその整備機材で埋まった。居住スペースは必要最低限だ。トイレ、風呂、洗面所、互いの自室と、リビングダイニングキッチン。なんというか、同棲しているみたいだ。
隊長は顔が良ければ声も良いし、引き締まった筋肉は美しい。圧倒的強さからくるカリスマ性もある、とても魅力的な存在だ。こんな人と共同生活をしたら惚れる自信があった。今までは憧れの第一隊長でしかなかった、雲の上の存在とひとつ屋根…いや船の中。共用部の掃除は毎日欠かせないようにしよう。ある程度機械が自動でやってくれるにしても限界がある。上手くやっていけるだろうか。様々な不安や高揚は、でもよく考えたらルビコンにいた頃と大して変わらないな、という気付きで全て消え去った。


リビングで朝のコーヒーを淹れニュースを観ていると、ウィン、と扉が開く音がした。
「おはようございます」
「…おはよう」
現れた隊長は寝癖がついていて、緩く着たスウェットの腰あたりから若干下着が見えている。ルビコンでの隊長は、寝坊をしたとしても必ずパイロットスーツを身につけ勤務していたので、そのあまりのラフさに目を剥いた。紛うことなき同棲だった。
隊長は慣れた手つきで冷蔵庫から水の入った2Lペットボトルを取り出し、口をつけていっそ気持ちがいいほどの飲みっぷりを見せてくれる。
…自分の飲み物は自室の小型冷蔵庫に入れた方が良さそうだ。あちらは気にしなくともこちらは多少気にはなる。

「本日は予定通り、10時より武器輸送船護衛の仕事があります。詳細は昨日お伝えした時点から変更はありません」
「ああ」
口元を手の甲で拭った隊長が、私の向かいのソファへと座る。眠たげに伏せられた目はまつ毛の長さを主張していた。
眼福、とちらりと見てから端末へ視線を戻す。
「ちなみにその武器は?」
「…タキガワ・ハーモニクスの汎用アサルトライフルです」
「嘘だな」
なぜバレるんだ。内心舌打ちをした。
「…新作です。くれぐれも盗らないようお願いします。今後とも贔屓にしたい企業なので」
「分かってる」
「報酬もお見せした通り、その新作をひとつ譲っていただけるよう取りつけましたので、…お願いしますね?」
「ああ」
隊長は怪訝そうにこちらを見た。少し迫力があってごくりと唾を飲む。
「…随分と信用がないんだな?」
「…隊長の唯一の失敗任務をログで見ました」
「ああ、あれか。あれはいい武器だった」
隊長は愉快そうに笑った。
「隊長!」
「分かってる分かってる」
心配だ。……非常に心配だ!


心配は杞憂に終わった。
仕事前に新作をどうしても見たいとゴネた以外は真面目に任務を遂行してくれて、顧客も最初のアレ以外はいい働きだったと報酬に色を付けてくれた。
弾薬費、機体の修繕費をそこから引いた額の半分を受け取る。正直、企業で働いていた時よりも心身共に楽に稼げていてかなり良い生活を送らせてもらっていた。
企業ではあらゆる規則と業務に縛られ、しかも第一隊長より第二隊長からの目の方が厳しかったからだ。彼は今どこで何をしているのだろう。戦死報告を聞くことは無かったので、生きていることを願うばかりだ。


レイヴンはどこにも姿を現していないようだ。あれほどの大爆発を引き起こしたのだから巻き込まれて死んでいると思ってもいいものだが、隊長は生きていると踏んでいるらしい。
だが、ネットワークを介して可能な限り情報を漁っているが目ぼしいものはない。

「…おい」
「ギャッ!?」
口から心臓が飛び出る。…かと思った。
振り向くと自室へ侵入している隊長がいた。
「隊長、な、なにか御用でも?」
「寝ないのか?」
肩越しにモニターを覗かれる。同じシャンプーの匂いが鼻を掠めた。
「レイヴンの消息をある程度確認したのち就寝しようかと」
顔が離れていき、ため息を吐かれる。
「寝ろ。急がずともあいつはいずれ俺の前に姿を現す」
「…失礼ですが、その、根拠は…?」
「無い。勘だ」
「勘…ですか」
「勘は大抵当たる」
いくつかの記憶が蘇る。確かに隊長が勘を外したことはない。
「ええ。…そうでしたね。承知いたしました。就寝します。あとその…部屋は入らないでいただけると有り難いのですが…」
「ん?ああ。ロックがかかっていないから気にしない性質かと思った。入らないようにする」
「ありがとうございます」
まさか勝手に入ってこられるとは思っていなかった。ロックするのを忘れないようにしよう。
隊長は自動ドアを潜りながら背中越しに声をかける。
「おやすみ」
「…おやすみなさい」
上官への返し方はこれで合っているのだろうか。そんなことを考えながらPCをシャットダウンした。


「4時より新手!マークします」
『了解』
捕縛対象の独立傭兵1機の他に、別口で依頼を受けたであろうその傭兵の撃破を目論む独立傭兵が2機(ブラボー)、そして新手の2機(チャーリー)は恐らく漁夫の利を狙っていて、遠くからたまにミサイルやライフルを放つだけで積極的に戦闘に参加しない。
隊長は全てのヘイトを集めながら、捕縛対象が死なないようブラボーを削っている。
捕縛対象を撃破したいブラボーは、まず壁となっている隊長を撃破する必要がある。お尋ね者で捕まる訳にはいかない捕縛対象は、まず数で圧倒されている隊長から撃破するつもりだ。通常、隊長と手を組んで他の敵機を倒すのが定石のはずだが、恐らくそこまで頭が回っていない。チャーリーはまず落とせそうな相手から落とすつもりで、これも数の利という点でチクチクと隊長へ攻撃を仕掛けていた。

実質5機を相手取っている隊長の機体はアラートが鳴りっぱなしだ。
隊長の死角から放たれる攻撃はこちらで位置を知らせているが、じりじりとAPが削られていっている。
「補給シェルパ手配します」
残弾の減りが早くなってきた。目はモニターを捉えながら、指先だけで座標を入力。隊長の近くの座標を指定する。
捕縛対象とブラボーは隊長を挟撃する。隊長はブラボーのミサイルを直前で避け全て地面へ着弾するよう調整。背後の捕縛対象の位置を確認しながら、ブラボーからの攻撃が後ろへ通らないよう位置調整を常に行う。
レーザードローンがブラボーの1機を挟撃し、足を止めたところへバズーカ。アサルトライフルはその間もう1機を狙って着実にACS負荷を溜めていく。バズーカを受けた方がスタッガー状態となるがもう1機が黙っていない。立ちはだかったその機体を蹴り、関節へアサルトライフルを撃ち込む。
「6時よりブレード!」
隊長が飛び退き、隊長へ斬りかかろうとした捕縛対象がブラボーを斬りつける。リロードが完了したバズーカをブラボーへ当てスタッガー状態へ。隊長がブレード後の硬直状態となっている捕縛対象ごとブレードで広範囲に斬りつけた。
「捕縛対象残5000」
『余裕だな』
ブラボーの1機が崩れ落ちる。再び展開されたレーザードローンがもう1機を狙い、あとは同じだ。2対1の状況は先ほどよりかなりやりやすくなった。
「5時6連!」
チャーリーが本腰を上げるようだ。6連ミサイルを隊長は難なく避ける。
その後隊長がブラボーの残りの1機を撃破したところで、チャーリーがアサルトブーストでこちらへ切り込んだ。
隊長は捕縛対象を蹴り飛ばし、ロックアシストを切って僅かに外に逸れてバズーカを放つ。逆側へクイックブーストで避けた1機をブレードで斬りつける。
もう1機が着地し、弧を描くように地面を削りながらライフルで援護する。隊長は敵機から飛び退いてレーザードローンを展開。バズーカをリロード。アサルトライフルで削りながら、クイックブーストで相手の死角へ入り撹乱。たまに捕縛対象を蹴っては牽制する。
難なく1機撃破した隊長は、補給シェルパで弾薬を取った後、シェルパをもう1機に投げ当てた。
残りの弾薬やリペアキットなどが散らばる。虚を突かれた敵機は一瞬判断が鈍る。そこを畳み掛けた。

崩れ落ちるチャーリーの最後の1機に背を向け、捕縛対象へ歩を進める。
捕縛対象は人間さながらの動きで後ずさった。
『こ、殺さないでくれ!』
『元よりそのつもりだ』
『ヒッ!』
がっしりと肩を掴まれて捕縛対象が悲鳴を上げた。
武器を毟り取ると、ブレードを関節に当て続け熱で切断し、コアだけを片手で掴んだ。緊急脱出用に使用される背面ハッチは指で押さえている。
「周囲反応なし。輸送機を送ります。お疲れ様です」
『ああ。ご苦労』
通信を切る。

深く深く息を吐いて椅子の背もたれへ体重をかけた。
隊長が死ぬとは1ミリも思っていないが、それでも今回みたいなのは御免だ。
知恵熱でも出しているのか頭が熱くぼーっとしている。だが隊長が帰還していないのに休むわけにはいかない。
戻った隊長へ渡す用のキンキンに冷えたスポーツドリンクを用意しにリビングへ向かった。


格納庫へ向かい、ちょうど帰還したロックスミスの前で足を止める。
ロックスミスの右手にコアを掴ませたままにして、隊長はコックピットから降りてきた。
「お疲れ様でした。お身体は異常ありませんか?」
「ああ」
隊長は手渡したドリンクを一気に飲み干す。空っぽになったペットボトルを受け取った。
額や首筋に流れる汗を拭いながら、口角を上げたままギラギラとした目をこちらへ向ける。
「受け渡しを頼む」
「はい。お任せください」
隊長は横をすり抜け、口笛を吹いて上機嫌にバスルームへと向かった。随分楽しかったらしい。
さて。もうひと仕事だ。待機していた顧客へ連絡を入れる。



今日は脳を使いすぎてもう何も考えられなかった。考えられなかったが、明日も仕事があるので準備に取り掛からなければいけない。まずは任務上がりの隊長へブリーフィング時刻の調整をする必要がある。隊長はお疲れだろうから仮眠を挟んだ方がいいし、そのあとの食事も必須だ。
恐らくお風呂後だろうと、浴室と隣接しているリビングの自動ドアを開く。想定通りペタペタと素足で歩く音が聞こえたのでそちらへ向かった。
「隊ちょ…ヒィッ!?」
「ん?どうした」
そこには肩にタオルをかけて髪から滴る雫を拭う裸の隊長がいた。
慌てて背を向けて直立不動となる。色々…全部見えてしまった!
「ああいえ後で伺います!失礼しました!お願いなのですが自室以外では服を着ていただけますか?」
そこまで一息で捲し立てると、漸くこちらの反応を理解したのか隊長が足を止めた。
「ああ…そうだったな。悪い」
タオルを巻いたぞ。と言われたがスポーツタオルを腰に巻いてもギリ見えないか!?
背中を向けたまま壁際に寄って声をかける。
「明日の任務のブリーフィングを行いたいのですが、仮眠と食事をとるとして4時間後は如何でしょうか?」
ぺたぺたと背後で歩く音が聞こえる。冷蔵庫を開いて、ペットボトルを持ちキャップを開き、液体を飲んだあと、蓋を閉めて仕舞う。そこから移動し、ドサッとソファに座る音が聞こえた。まさか生尻で!?
ソファはどちらがどちらに座るというのは決めているわけではないが、最初に座った時からそこが定位置となっていたのでいつも隊長が座っている場所に座ったと思いたい。隊長の尻が触れた場所…と毎度思いながらソファに座るのは勘弁だ。
「今からでも構わないぞ」
「私が構います」
はぁ、とため息を吐かれる。
「…仕方がない。じゃあ4時間後だ」
なぜこちらが配慮された感じになっているんだ!


隊長の後に浴室を使うのはなんとなく気が引けるので、いつもある程度時間を置いてからにしている。具体的には浴室乾燥機が床を乾かすまでだ。
3時間仮眠し、ささっとシャワーを浴びて髪を乾かしリビングへ向かうと、スウェット姿の隊長がソファでコーヒーを片手に端末を眺めていた。
ブリーフィングまであと10分ほど。自分もコーヒーを淹れ、隊長の向かいへ座る。
「少し早いですが始めても良いでしょうか?」
「ああ」
隊長の端末と画面共有をする。
「明日の任務は、先日の武器輸送で報酬として受け取った新作パーツを使用しての任務となります」
「ああ。その件か」
「はい。アセンは調整済みでしょうか?」
「勿論だ」
「失礼しました。…そのアセンで所定の場所へ赴いていただき、他企業のパーツで固めている独立傭兵と戦闘を行い、新パーツ使用の所感をレポートに纏め提出すること。またその独立傭兵の機体から戦闘データを抜いてくること。このふたつを完遂することで任務達成となります」
「ああ」
「では明日、14時より任務開始となりますので、よろしくお願いいたします」
「ああ」
ほかに確認事項も無いようなので、それでは、と腰を上げた。


その後楽しそうに新作パーツを使いながら独立傭兵で遊び、つまらなかったなとぽつり呟いた隊長は、かなりの長さのレポートを作成した。
あの独立傭兵は隊長のお眼鏡にかなわなかったらしい。


共同生活を送るにあたり、決めておかねばいけないことがいくつか頭の中に浮かんでいた。その内の一つが食事についてだ。
リビングのソファでコーヒー片手に端末を眺めている隊長の向かいへ着席する。
「隊長、食事はどのようにいたしますか?」
宇宙船を購入した直後は店近くのダイナーで食事を済ませたが、その後いくらか食品を買い込み冷蔵庫と冷凍倉庫へと格納してある。自炊をするつもりだろう。当然私が作るものと思っているのだが、念のための確認として声をかけたのだった。
「そうだな…俺が作ろう」
なのでその返答に目を丸くする。
「…隊長が?…ああいえ、失礼しました」
隊長はこちらの失言に気にした様子なく続ける。
「体作りは仕事に直結する。そういうのは自分でやっておきたい」
成程。実はというと自炊しない派だったのでその申し出は有り難いものだった。
「承知いたしました。失言をお許しください」
「ああ。…お前、ずっとそれでやっていくのか?」
端末へ注がれていた視線がこちらへ向く。何か間違えたのだろうか。
「…失礼ですが、それというのは…」
「口調が堅い。お前はもう部下じゃないだろう」
部下じゃない?
「…では何なのでしょうか?」
「…そうだな…役職としてはハンドラーといったところか?」
「え!?いえそれは違います!業務としては似ているかもしれませんが、最終決定権は隊長にあります」
「それもそうか…」
隊長は急に興味を失ったように目を伏せた。
「まぁいい。やりやすいようにしろ。タメ口でも俺は気にしない」
「はい。ではいつも通りで」
「…ああ」
少し呆れたようにため息を吐かれた。


依頼主の企業へ出向き直接顔を合わせて任務を受諾したあと、買い物を兼ねて近くの繁華街へ向かった。二人で軽く中華系の店で食事をすると、時刻はもう20時を回っていて、酔っ払いが多く目につく時刻となっている。
大通りに出て隊長がこちらへ手のひらより小さい小型の通信装置を差し出した。ボタンが3つ付いていて、見たことがあるものだった。ボタンを押せば、同期しているもう一対の端末へ信号が送られるという代物で、赤いボタンは緊急用、青いボタンは用事がある時などに使用する通常用、黄色いボタンは急ぎの用がある時に使用するものだ。いつの間に購入していたのだろう。

「じゃあ一時解散だ。何かあればこれで知らせろ」
「承知いたしました。…私は日用品を購入して帰宅しますが、隊長はどこへ行かれるんです?」
「風俗」
「ふっ…」
目を剥いた。
「仕方がないだろう。溜まるもんは溜まる」
「まぁ…ええ。そうですね。失礼しました」
男性は大変だなぁと思考を隅に追いやった。
小型端末をポケットに仕舞う私を見て、隊長は思い出したように告げる。
「…ああ、緊急時は必ず押せ。命令だ」
「了解。お気遣い感謝します」
隊長は手をひらひらとさせて人混みへ消えていった。


以前、今日のように繁華街で一時解散をしたあと、酔っ払いに絡まれたことがあった。
一通りの訓練を受けている私は、こちらの腕を掴む男から抜け出すことは可能だったのだが、恐らく常習犯だろうそいつを野放しにするのも気が引けた。だから路地裏に連れ込まれ壁に押し付けられ相手が局部を晒したところで、隠し持っていたナイフを取り出しそれを根本から切断してやったのだ。

泡を吹いて倒れた相手の腹を一度蹴って来た道を戻ろうと視線を上げると、路地裏の入口に隊長が立っていて全身が硬直する。一拍おいて息を吸い、そういえば位置情報をお互いに共有していたな、と思い出した。それにしてもなぜ大通りを外れたことに気づいたのだろう、という疑問を持っていると、男にちらりと視線を向けてからこちらに目を合わせた隊長は、普段通りの表情と足取りでこちらへ向かってくる。
「大丈夫か」
低く落ち着いた声色にほっと息を吐き出した。自分が思っている以上に気を張り詰めていたらしい。大層な理由を並べながら、恐らく怖くて腕が払えなかったのだろうと、今になれば思う。

「問題ありません」
「問題はあっただろう」
隊長は私の隣を通り過ぎ、男を担いですぐ近くにあった大きなゴミ箱へ放り投げた。次に、切り取られたブツは蹴り飛ばされてゴミ箱と壁の間へ入って見えなくなる。
私はナイフの持ち手をハンカチで拭き取り、ハンカチごとゴミ箱へ投げ捨てた。あのナイフを今後も使っていくのは嫌だったからだ。現場には血痕が残ったままだが、すぐにこの場を離れれば特定されることはないだろう。ここはあの男が使っているだけあって監視カメラの死角にあった。

隊長へ目を向けると視線がかち合う。
「よくあるのか」
「いえ」
まずい。もしこれで隊長の手を煩わせることが増えれば、女は面倒だと思われれば、私は降ろされ別の男性が今の位置につく可能性が高い。それだけは絶対に避けたい。我ら第一部隊の敬愛する隊長の命を他の誰かに握らせるなど絶対にあってはならない。
「今日は運が悪かっただけです」
「そうか」
隊長は踵を返して大通りの方へ足を向ける。
それ以降、隊長がこの件に触れることは無かった。


あとがきメモ
対6の場合、嫌われるわけにはいかないという深層心理が働いているので夢主にするような行動はたぶんしない。

裸でリビングを彷徨く
→夢主が眼中にない。意識していないので、一人暮らしと変わらない行動をしている。指摘されて気付いた。
→6は気にしないだろうが裸で彷徨かない。6の存在を意識している為。最低限下着は穿く。

共用の冷蔵庫のペットボトルを直で飲む
→同上。指摘されたら気付く。暫く一緒に暮らしたらふとした瞬間にこれやめた方がいいんじゃないか?と気付く。
→同上。6が気にしなくてもウォが気にしそうなこと(人と暮らす上で常識的な行動)は無意識下でしない。怒られると6からの評価が下がりそうなので。

料理担当を受け持つ
→栄養管理について夢主の能力を信用していない。(食事に頓着しないやつだと勘で見抜かれている)
→ウォはちゃんとしてそう(している)ので任せている。口出しする時もある。6との二人暮らしなら受け持つ。

「風俗」
→別に隠す必要ないだろと思ってる。相手に同じことを言われてもそうかで済ませられる。相手に興味がない。
→6とACバトルできたら性欲は吹っ飛ぶタイプなのでそもそも風俗に行かない。その気になればできる。

性被害に遭いそうになった連れ
→解散地点で酔っ払いが騒いでいたので嫌な予感がして視線を向けると路地裏に連れて行かれるところで、流石にまずいか?と向かうと全て終わった後だった。こいつがいなくなると仕事面が何かと面倒になるのと私生活で干渉してこない態度が割と気に入っていて代わりを探すのは面倒なのでできるだけ失いたくなくフォローは一応しておく。まぁでもなんだかんだ大丈夫だろうという楽観的な姿勢でいる。(実際割と大丈夫なのでフロの勘が当たっている)
→繁華街で6を一人にしない。

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