我慢がきかない

解放戦線の居住区に、ラジコンを操作して簡易な荷物を所定の位置まで運んでいる子どもがいた。ミスをすることなく、しかし辿々しい動きの四脚小型ロボットは無事仕事を終え、それを見ていた親らしき大人は子どもの頭を撫でた。よくできた、偉いぞ。そう声をかけて。子どもは嬉しそうに満面の笑みでそれを享受する。
なるほど、そうやって幼少期からMT操作の訓練をさせるのか、とその見知ったボタン配置のコントローラーを眺めていた。


V.IとのシミュレーターAC戦の10戦目が終わった。
互いに仮想コックピットから出て汗を拭う。相手を見るとまだギラついたままの視線がこちらを射抜いていた。
仕事でアーキバスへ来る度にこうやってAC戦を挑まれているが、あまりにも終わらないその戦いに10戦までだと制約を設けたのがついこの間のことで、それはそれで燃えるな、と返されてほっとしたのを覚えている。
11戦目もやろうと言われるのではと少しひやひやしていたが、約束は守られているようだった。
V.Iはこちらへ来ながらドリンクを飲んで、空になったそれをゴミ箱へ放る。首にかけられたタオルで口元を拭って、その奥から現れた口角は弧を描いていてぞくりとした。
まだやりたい、と思ってしまうのはこいつに毒されているのだろうか。

「足りない」

熱が治りきらないと瞳が告げている。だが駄目だ。いつまで経っても、それこそ倒れるまでやり合ってしまう。前だって、V.IIに強制的に機械をシャットダウンさせられるまで続けてしまったのだ。

「駄目だ」

深く息を吐いたV.Iは、こちらの両肩を掴んで項垂れた。拭い切れなかった汗が髪を伝ってぽたぽたと床へ落ちる。彼なりに我慢しようと努力しているようだった。目覚ましい進歩だ。出会った頃は傍若無人な人間だと思っていたが、こうしてこちらを慮ることもできるのだ。
ふと、以前見かけた解放戦線の親子が思い起こされた。偉いぞ、と頭を撫でる様子。それをしてやりたいと思った。

汗で湿って普段よりうねっている髪の上へ手を置く。ぴくりとV.Iの手が反応した。が、抵抗はないようだ。そのままうなじへ向かって丸く流れる頭に沿って手を動かす。一回、二回、三回、と繰り返してから口を開いた。
「偉いぞ」
「…なんだそれ」
顔を上げたV.Iは薄く笑ったまま汗を拭った。
手が伸びてきたと思えば、こちらの額にうっすらと滲む汗をタオルで拭いてくれた。
「真似だ。このような報酬があるのだと以前知った」
「報酬ならもっといいものがあるだろう」
焼けた脳でもV.Iが言いたいことが分かった。ほぼACでしか語り合っていないが、相手の思考が予測できるほどの時間を共に過ごしているようだ。返答に迷っているとV.Iが口を開く。
「10戦は短い」
「ああ」
「20にしないか」
言葉に詰まった。了承したい。
まだ体が疼いている。10戦目のアセン、あれの対策案をすぐに試したい。あの時の動きを避けるのはQBで前へ出るのが最適だった。ブースターはもう少し軽くした方がいい。まだ試していない方法がたくさんある。
顔を上げる。V.Iの燃えるような瞳と目があって、どきりと心臓が跳ねた。

「前、V.IIが強制停止をしたのは25戦目だった」
「そうだな」
こちらの言いたいことが分かったのか、にやりとV.Iが悪い笑みを向ける。それでもあくまでこちらの回答を待つつもりのようだ。その瞳を真正面から見返す。
「あと10戦やろう」
「そうこなくちゃな」

そうしてまた25戦目まで続けた俺たちはV.IIの長い説教を聞くハメになったが、心ゆくまで楽しんだ頭の中は雲ひとつない青空のように澄み渡っていた。

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