子守唄

「……風邪?」
「ああ」
レイヴンの輸送機内にある、大袈裟とも思えるほどに白い病室のベッドで、点滴に繋がれたレイヴンが横たわっている。
「強化人間も風邪を引くのか。初めて見た」
赤く火照っている頬に指を滑らせる。古い傷跡が残る皮膚の表面が指の腹に引っかかり、そこは特に熱かった。
珍しく眉間に皺を寄せているレイヴンは、いくらか辛そうに見える。
「感染る。自室へ戻れ」
「退屈だ」
普段とは比にならないほど熱い手を取って、こちらの冷たい手で冷やしてやる。それもすぐ体温が移り熱くなったので、頬へ引き寄せさらに冷ます。
「早くよくなってくれ」
「ああ」
「寝た方がいいんじゃないか?目を閉じろ」
「寝られない」
「子守唄でも歌ってやろうか?」
「やめろ」
レイヴンの瞳がこちらへ向いて、少しだけ揺らめいた。潤んだ眼球はとてもうまそうだ。
「…いや…」
「歌ってほしいのか?」
「寝られるかもしれない」
「そうか。じゃあ……」
…子守唄はどんなものだったか。
提案はしたが、冗談のつもりだった。まさか要求されるとは…いや、こいつは前に俺の声が好きだと言っていたな。それでだろう。
記憶を辿るが、子守唄など歌ってもらった記憶がない。というよりは、親らしき人間と過ごした記憶はほとんどない。…まぁ、なんでもいいか。ゆったりとしていて、静かな曲だ。即興でもなんでも歌ってやろう。
「♩〜♫♪」
指先で柔らかい人工毛髪を撫でながら音を紡ぐ。
瞼が閉じられて、眉間に寄っていた皺が和らいだ。
熱が移って頬が熱くなってきたので、反対側でまた手を冷やしてやる。

「〜♪」
ACを操縦している手。ちょうど操縦棍を握る時に力が入る箇所の皮膚が厚くなっている。普段はかさついているが、熱のせいか汗でしっとりとしていてこちらの肌に吸い付くようだ。
頬を擦り寄せて、ACで戦っている時の記憶を思い返す。
クイックブーストで詰められて、ダガーでアイカメラを狙われた。あの時この手はどう動いていた?左手を前に出すためレバーを押し出し、ダガーを逆手に持ち変える時はL1,L2,L3ボタンをそれぞれ順に押して…いや強化人間ならそこまでマニュアルでしなくてもいいのか?
人差し指と、中指と、薬指を順番に撫でて内側に折り曲げる。その指を掬って、第二関節にキスをした。
この歌に、ゲームのような状態異常を癒す効果は無いが、早く治ってほしいという気持ちを込めたら早く治ったりしないだろうか。
歌をやめて鼻で笑う。
"気持ちを込める"だと?

「お前のAC、磨いておくぞ」

すっかり熟睡したらしいレイヴンからの反応は無い。静かに病室を抜け出して、格納庫へと足を進めた。

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