懇親会

アーキバスが開催した懇意にしている企業を交えたパーティでは、フロイトが愛用しているレーザーブレードやプラズマ系武器を取り扱うVCPL社の新作発表会が行われた。会場は大いに盛り上がりを見せ、現在は立食形式の食事会が開かれている。

同社の令嬢は、社長である父からヴェスパーの最強真人間ことフロイトと懇意にしてこいとの命を受け、代表挨拶を終えシャンパン片手に他社の開発者と会話をしているフロイトへ接近していた。
その輪が解散されたタイミングを見計らい、フロイトの前に立ちドレスの裾を両手で僅かに上げ膝を曲げる。
「この度はお招きいただき誠にありがとうございます。フロイト様のお噂は予々伺っております。なんでも弊社VCPLのパーツを愛用してくださっているとか」
フロイトは丁寧にセットされた艶やかな癖のある髪を揺らし、その双眸で女性を捉えた。
一見近寄りがたい雰囲気のあるフロイトだが、その実親しみやすい一面があると聞いていた令嬢でも少しばかり緊張が走る。
それを見てフロイトは僅かに口角を上げ、目を細めた。
「VCPLの。ええ。あなた方の製品は素晴らしい。特に━━」
対して令嬢は目を丸くする。
一転して物腰柔らかで爽やかな表情と口調から発せられる声色に、令嬢の緊張は一瞬で消え失せたからだ。付け焼き刃では到底到達することのできない知識量で、あらゆる面から褒め称えられる自社パーツはまるで敏腕営業マンの話を聞いているかのようだった。いや、それ以上だ。
「まぁ、ありがとうございます。我が社の製品を愛してくださっているのが手に取るように分かります。フロイト様のおっしゃる通り、弊社のレーザーブレードは━━」
負けじと話に乗って自分自身にも興味を持ってもらえるよう、最大限令嬢は努力した。ランク1が使用している武器というだけで価値があるのだ。あの企業はよく分かっている、とどこかの雑誌かインタビューで答えてくれれば更に売り上げは伸びるだろう。
フロイトは令嬢が若い女だからと雑にあしらったり、その知識量に驚愕したりはしなかった。ただ一人のAC好きとして対等に扱う。それだけで令嬢は嬉しくてたまらなかった。ああ、結婚するならこの人がいい、と思ったところでフロイトの視線が後方へずれる。

「ん?」
先ほどまでとは打って変わって出てきた声は低く、素の、地の声なのだろうことが察せられ、令嬢は目を丸くした。
「…どうかしましたか?」
釣られて後ろへ振り向くが、人混みで何を発見したのか分からない。特にこれといって目立っている人物もいない。
視線を前に戻すと、フロイトはもういなかった。
「あ、あれ?フロイト様…?」



「レイヴン、来てたなら教えろ」
壁際でぼうっと立っていた621に声がかけられる。621は緩慢な動作で視線をその男に向けるが、全く見覚えのない顔だった。声だけがどこか聞き覚えのある心地の良い音だが、特定までには至らない。
「…?誰だ」
「フロイトだ」
エアが彼の発言は確かなものだと肯定する。監視カメラに表示されているIDではそうなっているらしい。
フロイトといえばV.Iの名前だ。だが621の知っているフロイトは、無造作な天然パーマをそのままにしていて、顎に無精髭がある、常にパイロットスーツの上から服を着ている人間だ。
目の前の人間は、ウェーブがかかった艶のある黒髪が七三で分けられ、皺ひとつないオーダーメイドのスーツを身に纏っている。髭は一切ない。
「そんな外見だったか…?」
「お前が来ているならここに居る必要はない。早く行くぞ」
「何処に?」
「地下に先程発表されていた新作パーツのテストデータが追加されているシミュレーターがある。どうせこの後試用してレポートを纏めるんだ。今やっても構わないだろう」
621は漸く、本当にフロイトなんだなと確信した。
「独立傭兵相手に問題があるんじゃないか」
「問題ない」
言うが早いか、フロイトは621の手首を掴んで歩き出す。
小型の通信端末をポケットから取り出し、目にも留まらぬ速さで液晶をタップし続け、その後端末を耳元に当てた。
「ハンドラー・ウォルター、今送った依頼を確認してくれ。悪い条件ではないだろう?…ああ、分かっている。あとそこにいるスネイルの足止めを頼む。追加で報酬を渡す。レイヴンは任せろ」
あまりの会話内容に621は目を丸くしてフロイトを覗き見た。フロイトは口角を上げ、悪そうな笑みを浮かべた。


その後、器用に会場内の人混みを縫うように足早に進み、テリーヌを小さく切って口に運んでいた令嬢の前でフロイトはぴたりと立ち止まる。621はつんのめるがなんとか直立に成功した。
「先程は失礼しました。いてもたってもいられず、今から独立傭兵の彼とパーツの試用を行っても構いませんか?」
急に現れたフロイトに、口の中のテリーヌを無理やり喉の奥へ飲み込んだ令嬢は背筋を伸ばした。フロイトが急にどこかへ行き帰ってきて勝手なことを言っているというのに、その表情に嫌悪感は現れない。
「…彼は信用できるのですか?」
令嬢の視線がおずおずと621へ注がれる。この男も近寄り難い分類の男であり、更にはフロイトと違い取り繕うことができない。重そうな瞼から覗く黒い瞳が無感情に令嬢を見下ろしており、彼女は尻込みした。古傷なのか、顔半分の皮膚が引き攣ったようになっており、それが更に相手へかける圧力を増す。
フロイトはまた柔和な笑みを浮かべた。
621はそんな顔できたのかと僅かばかり驚いてフロイトをじっと見た。
「第二隊長がこちらへ呼ぶほどには信頼を置ける人物です。また、データの持ち出し、口外をしないよう契約締結済みです」
「ええ…でしたら構いませんよ。見学をしても?」
「勿論です。では我々は準備があるので先に失礼します」
フロイトは踵を返し、621の耳元でいつもの低い声で「行くぞ」と囁き、掴んだままの手首を引き歩き出す。
まるで別人のようですねとエアが感嘆の声を上げた。621は内心で同意し、このような技術も身につけた方がウォルターの為になるのだろうか、と斜め前を歩くフロイトの横顔を眺め足を早めた。

「うまくいったな。あとはお前のハンドラーの手腕にかかっているぞ」
フロイトは悪戯が成功したかのように歯を見せて笑う。
「なら問題ないな」
621も釣られて、自然と口角が上がった。

人の間を風のようにすり抜け、ついには駆け足になって地下へ向かう。新作パーツに大好きな遊び相手、フロイトはわくわくしてたまらなかった。



蓋が閉じられており使用中と表示されているシミュレーターの前に二人の人影がいた。
長身で体格の良い、眼鏡をかけてブロンドヘアをオールバックにしている神経質そうな男は、隣にいた令嬢に静かに声をかける。
「…フロイトが無礼を。申し訳ございません」
令嬢はその言葉にくすりと微笑んだ。
「いいえ。構いません。実際、指名した独立傭兵さんはとてもお強く、あのフロイト様と拮抗している。良いデータがとれそうです」
シミュレーター上に天井から吊るされている液晶には二人の戦いが映し出されている。
互いに新作パーツを用いていて、それ以外は自由にアセンが組まれている。意図しているのか、しないのか、一戦終わるごとに組み替えられるアセンは、互いが被ることなく続けられていた。
「楽しそうですね」
羨ましそうに眺めている令嬢に、スネイルは目を丸くした。
「…混ざってきては如何でしょうか?」
「え?」
「シミュレーターなので肉体の負荷は軽減されます。それに社内でも有数の実力者と伺っていますが」
「彼らには遠く及びませんよ」

そう言ったところでちょうど戦闘が終わり、コックピットを模したシミュレーターの蓋が開いた。中からふらふらのフロイトが顔を出す。
もう一つのシミュレーターから出てきた621が背中を支えてボトルを差し出した。
「はしゃぎすぎた…」
「…水を飲め。軽い脱水症状か?」
フロイトは受け取った水をボトルの半分くらいまで一気に飲み、621へ返す。621も続けて水を飲んだ。
「やはり楽しいな。お前も、楽しいだろう?」
「…そうだな。高揚している。お前からは学ぶ事も多い」
「こちらの台詞だ」
フロイトは621の首へ腕を回し抱きついた。621はされるがままにフロイトを受け止めている。
「はぁ…返したくない」
「それは困る」
その光景を見て固まっている令嬢に気付いたスネイルは、呆気に取られていた思考を戻し長い足を開いて早急に二人の元へ駆けつけた。フロイトがそれに気付くや否や、軽い動作で肩に担ぎ上げる。
「ぅおっ、スネイル、いたのか」
「医務室へ連れて行きます。貴方のハンドラーは既にヘリへ戻られているそうですので帰還なさい」
「…ああ」
「またな」
「ああ。また」
621が廊下へ出ていき、続けてスネイルも足を進めたところでフロイトは令嬢の存在に気付いた。令嬢も目が合ったことに気付き背筋を伸ばす。
フロイトは友達にするようにひらひらと手を振って、ゆるく笑った。その気安さに友人の一人に数えられたかのような、むず痒く嬉しい気持ちになった令嬢も笑みを浮かべ手を振り返す。
親しみやすいというのはこういうところなんだろうなと、ACの腕を更に上げようと決意した令嬢なのであった。

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