仲良くなれない
第四世代は感情の起伏が乏しいらしい。ではこの男は何故これほどまでに感情が豊かなのだろうか。
G5は大破したACから抜け出してすぐ近くに立ってこちらに何かを言っている。きっといつもの暴言だ。恐らく救助要請など出していないだろうG5を見て、念の為G6へ連絡をした。すぐにこちらへ輸送機が向かうらしい。
さて。とモニターに目を向けると、まだ何かを言っているようだった。この調子だと生身で目の前に出ると殴られそうだ。ウォルターに心配をかけたくないのでそのまま座って外部の音を拾うマイクの音量を上げた。
『おい!降りてこい!一発殴らせろ!』
『一言ぐらい返しやがれ!口縫い付けられてんのか!?』
『野良犬!てめぇなんざな、〇〇が△△で××…』
出なくて正解だったようだ。言っていることの3割は理解できないが、できなくても問題ないだろう。
座席に深く座り直して一息つく。
G5と戦うのは少し疲れる。G5ほど引き撃ちする相手は中々いないからだ。軽量で組んでいると狭い場所だとかなり不利だ。
現にAPをかなり削られてしまっていた。
こいつは毎回完敗したつもりでいるが、こちらは毎回圧勝しているわけではない。
なぜそんなに怒っているのかが分からない。負けたのがプライドに反するのか、その場合はプライドを持っていることが羨ましい。俺にプライドは無い。
ぎゃあぎゃあと喚くG5が急に黙る。
どうしたのかとモニター越しに確認すると、頭を押さえているようだった。そういえば、頭痛がすると戦闘中に言っていた気がする。
G5が頭痛に悩まされていようがこちらには関係のない話だが、うるさい人間が大人しくしていると少し落ち着かない。
「G5」
外部スピーカーに切り替えて声を掛ける。
『ああ?んだよ…文句でもあんのか』
「頭の医者を紹介しようか?」
『あ"あ"!?』
ウォルターならいい医者を知っているはずだ。
また何かを喚き散らすG5は、少し経つと大人しくなった。立っていられないほど頭痛が本格的になってきたようだった。
「おい、」
大丈夫か、と声をかけようとしたところで、なぜG5の体調を気にしているのかと疑問に思う。
G5が頭痛で辛そうにしていようが、こちらは何の問題もないことだった。
『…レイヴン?彼が心配なのですね』
エアが囁く。
『頭痛の影響で呼吸も乱れています。背中をさすってあげては如何でしょうか?それで人は落ち着く場合があると聞いたことがあります』
この感情が心配というものなら、とても良い傾向だとウォルターは言うだろう。あいつといるとこちらの感情が増えていくように感じる。あいつがいたら人間らしくなれるかもしれない。人間らしくなるとウォルターが喜ぶ。それは嬉しい。
顔を上げてシートベルトを外した。
交流できるなら交流した方がいいだろう。
コックピットから出て地面へ降りる。
蹲っているG5の横まで歩き、少し様子を伺う。こちらに気付いていないようだった。上下に動く背中へ指を滑らせる。初めて誰かの背中をさするという行為をすることに少しだけ緊張を持っていた。
「…あ……?」
G5が焦点の合わない目をこちらへ向ける。
「お前野良犬か…?何しに来た…」
そういえば顔を合わせるのは初めてだったか。
心配で背中をさすりに来たと答えると、また怒らせる気がして黙ったまま手を動かした。が、それも気に障ったようだ。
「同情すんじゃねぇ!」
手を振り払われて立ち上がったG5の蹴りが肩に入る。
尻餅をついて見上げ、初めて真正面から彼の顔を見る。
眉間に皺を寄せ、脂汗を浮かべ、瞳孔が開き、瞳の奥が赤く弾けていた。
「死ね」
ハンドガンの銃口が眉間に向けられる。
まずいと思った瞬間、レッドガンの輸送機が到着した。
銃口が真上へ逸らされる。
「チッ」
『イグアス先輩!何をしているんですか!』
「うるせぇ!」
慌てて飛び出てきたG6は間に入り、引き摺るようにしてG5を回収していった。座ったままそれを見送り、輸送機が飛び立って見えなくなってやっと立ち上がる。のろのろと重い足を引き摺って自機のコックピットへと帰還した。
G5との交流は失敗したようだ。何を言っても怒らせるし、何も言わなくても怒らせてしまう。どうすればいいのか、この焼けた脳では全く見当もつかなかった。
エアがほっとため息をついて、少しだけ低い声を出した。
『レイヴン…彼は危険です…。今後は生身で会わないようにしましょう』
それに返事もできず、操縦棍を握る。
やつのトリガーにはしっかりと指がかかっていた。
恐らく、輸送機が来なければ撃たれていただろう。
先ほどの光景を思い出して頭に霧がかかる。
すっと冷たい風が胸に開いた穴を通り過ぎていったようだった。
今日はレッドガンの基地へ任務完了報告に来ている。
ついでに今までの評価をG1から直々に受けるらしい。
G1の元へ向かうウォルターとは別行動となった。
食堂で待っていろという指示のもと食堂へ向かうと、奥でG5が一人で飯を食べているのが視界に入る。
そこへ行こうか、と思ったところで、入り口近くのテーブルに座っていたG6に声をかけられた。
「G13、お前も昼食か」
「いや…」
G5へ目を向ける。こちらには気付かない。
視線の先を見たG6は、難しそうに眉間に皺を寄せた。
「…イグアス先輩か。あまり近付かない方がいい。ヴォルタ先輩が殉職されてから誰も寄せ付けないんだ。あの時お前を殺そうとしたのも、精神を病んでしまっているからだろう…」
「…そうだろうか」
「…え?」
見るからに元気を無くしたG6は不思議そうな顔を向ける。
G4が生きていたとしても、こちらに向けられる感情は変わらなかったんじゃないだろうか。それを近くで止める人間がいるか、いないかの違いだ。
そうこうしているうちに食事を終えたG5は、食器を下げて奥の扉から退室をしようとしているところだった。
「おい、G13」
G6の声は無視をしてG5を追いかける。
あいつといたら、先へ進める気がした。
数メートル後ろを歩いていると、流石に気付いていたのか、怒っている様子で振り向いた。
こちらへ距離を詰めて、胸ぐらを掴まれる。
「野良犬、よく顔を出せたなぁ?」
腰にあった銃が眉間に突きつけられた。
「前の続きをしてもいいんだぞ」
地を這うような声と、トリガーに指がかけられた音がした。
エアが悲鳴を上げて、早く逃げろと喚き立てる。
「殺されるのは困る。殴り合いにしないか」
「…あ"あ"?」
舌打ちと共に腕を掴まれて近くの部屋へ連れ込まれた。
掴まれた手を勢いよく振り投げられて、そのままベッドへと倒れ込む。馬乗りになってきたG5が拳を振り上げた。
バキ、と骨と骨がぶつかる音が鳴った。
もう一度同じ音が鳴った。頬が痛い。
「…テメェさえこの星に来なければ」
両手が首を掴み、ぎりぎりと音を立てて締め上げていく。
口から酸素が吸えなくなって、喉から空気の抜けた音がした。
視界の端に写真立てが映る。
G5とG6の写真だ。
そういえばこのベッドは二段ベッドだ。
二人の部屋だろう。
滲む涙で掠れる視界と、酸欠による思考の低下を感じながら、G5の頬へ手を伸ばした。
「!?気色悪ぃ!」
両手が離れて頬に添えた手を弾かれる。
急速に補給される酸素に咽せてベッドに蹲った。
「G5…」
嫌悪が浮かぶG5の首を両手で握る。
「怒りとはどのような感情だ?」
「あ"…?」
力を強めると拳が飛んできた。左頬にぶつかる。
両手が首から剥がされて、そのまま頭突きをくらった。
鼻から液体が垂れて口に入る。鼻血が出たようだ。
「きったねぇ顔」
そのとき、G5の笑った顔を初めて見た。
「早く出ろ」
「そのままでは爆発する」
「生きているんだろう」
「何をしている」
火花を散らすヘッドブリンガーへ通信を続ける。
ノイズが返ってくるばかりのスピーカーから、ようやく返答が来た。
『うるせぇよ。放っとけ』
「駄目だ」
頭部をもぎ取る。
火花がジェネレーターに誘爆する前に救助しなければならない。
コアを割り開ける。酷い音が周囲に響いた。
コックピットが見える。あいつは潰れていない。
外装を取り払って、椅子に座ったG5を掌に乗せた。
項垂れているそいつは、こちらへ目を向ける。
『うぜぇ。また同情か』
「ちがう」
『どうせミシガンを殺りに行くんだろ。俺を連れて行くのか?』
「…ちがう」
『何がしてぇんだ。野良犬』
「…お前に死んでほしくなくて」
『…はぁ?…そうかよ』
G5は腰の銃を頭へ構えた。
「まて!」
『テメェのアホ面が拝めねぇのが残念だな』
スピーカーから轟く爆発音と、だらりと下ろされる腕、力をなくした首。
G5は動かなくなった。