カーマンライン

リビングで端末を操作していると、寝室の扉が開き、戦友がこちらへ来て足を止め私を見下ろした。その表情はいつも通り何を考えているか分からないものだ。
彼は薄い唇を薄く開いて、寝起きのかさついた声を出す。
「寝ないのか」
「ああ…すまない。起こしてしまったか。現在の課題について対応案もう少し練っておきたくてね」
寝室に光が漏れていただろうか。戦友は暗闇でしか眠れない性質でもないはずだが、偶然夢見が悪かったのか、気配に目が覚めてしまったのか、どちらにしろ私が起こしてしまったことに変わりはないだろう。罪悪感が少しばかり積もる。
「何か飲むか?」
何か言いあぐねて立ち尽くしたままだった戦友へ声をかけると、僅かに頷きで返される。彼が寝起きで頭が回っていない、ということも珍しい。

端末を脇に置いて、すぐそこにある棚から粉末の入ったパックを取り出し、封を切る。2つのカップへそれぞれ入れ、ポッドに水を入れスイッチを押した。
未だそれをぼうっと見つめていた戦友の肩を抱き、ソファへ誘導して座らせる。ソファ脇にあったブランケットを引き寄せて、彼の肩と膝の上へかけてあげる。
顔を覗き込むが、特別顔色が悪いということもなく、見慣れた深い隈と傷が鎮座していた。
「体調は問題ないか?どこか不調が?」
「…問題ない」
眠いのか、まだ覚醒しきっていないのか、瞼は普段の半分ほどしか開かれていない。
「君が深夜に目覚めるなんて珍しいじゃないか。嫌な夢でも見たのか?」
「いや…」
そこで言葉を区切った戦友は、視線を床へ固定した。
なかなか言葉が出てこないようだ。彼が適した言葉を探り当てるまで共に待とう。肩を寄せて、少しだけ重心を倒す。

ポッドが湯を沸かしている音が聞こえる。
肩から感じるほのかな温かさと柔らかさが心を満たす。トクトクと僅かながら大きく感じる鼓動はこちらのものだろう。
瞳を閉じる。隣の戦友の存在に浸って、ほう、と息を吐いた。このまま朝までいたい気分だ。そう思ったところで、ポッドがスイッチを押し上げた。湯が沸けた合図だった。
名残惜しくも立ち上がり、2つのカップへ湯を注ぐ。マドラーでかき混ぜると粉は溶け、カフェオレの完成だ。
簡易的な造りのサイドテーブルをソファ前に移動させ、そこへカップを2つ置いてソファに座った。
舌が火傷しても気にせず飲んでしまう戦友のために、彼用のカップを手に取って息をかけて冷ましていく。
それを見ていた戦友はひとつ呟いた。
どうやら言葉を掘り起こすことに成功したようだ。
「わかった」
「うん」
「ラスティが近くにいないと眠れない」

カップを落としそうになった。慌てて机の上へ戻す。
各々のベッドで眠っているのに、それでも近くに私の気配がないと眠れないと、そういうことだろう。
熱が顔に集まってきた。彼の中で私がそれ程までの存在になっていたとは。にやけそうになる口を手で覆う。
「…いや、眠りが浅くなるのだろう。だから目が覚めた」
「そうか……そうか」
いよいよ恥ずかしくなってきて項垂れた。告白をされているかのような気分だ。戦友に他意はない。ただ信頼できる相手が近くにいるからぐっすり眠れるというだけのことだ。だがそれだけでも嬉しくて舞い上がってしまう。深く息を吐く。心臓がうるさくなってきた。

「あと晩飯を食べていなかった。腹が減っている」
「早くそれを言わないか!」
がばりと立ち上がる。
失念していた!今日は戦友の方が任務終了時間が遅く、この部屋に戻った時には既に22時を回っていた。自身はとっくに食事を済ませて寝る準備も万全だった。だから戦友がシャワーを浴びて眠りにつくことに違和感を覚えなかった!
彼はハンドラーから日常生活における必要最低限の行動は習慣付けられているようで、食事も例外ではなかった。ただそれでも私の就寝時間に合わせようとすると就寝というタスクが繰り上がり、食事タスクが弾き出されてしまうことがある。以前にもあったのだ。最近は昼の任務ばかりでうっかりしていた。私のせいで晩飯を抜いたようなものだ。
そして私が仕事が気になるあまりベッドを抜け出し起こしてしまった。全てにおいて迷惑をかけてしまっている。

「すぐ用意しよう。何か食べたいものはあるか?」
「…無い」
「分かった。任せてくれ」
袖を捲って立ち上がる。
戦友は料理ができない。いや、経験がないだけで時間がある時は練習がてら手伝って貰っているのだが、それでも危なっかしいので普段はこちらが担当している。
この時間なので明日に響かない腹に優しいものが良いだろう。待っている間、ちょうど良い温かさになったカフェオレを飲んでおくよう指示する。

冷蔵庫側面のマグネットフックにかけてあるエプロンを身につけて、ポケットにあるヘアゴムを取り出し肩で跳ねる髪を括った。手を洗って鍋をコンロの上に置く。
次にトマト風缶詰を缶切りで開けて、中身を全て鍋の中へ入れる。計量カップで浄水した水を適当に計り、コンソメも目分量で鍋の中へ。
換気扇をつけて、コンロに火をかけことことと煮詰めていく。

戦友がカップを持ってこちらへと現れた。礼を言いカップを受け取って、ぬるくなったカフェオレをひとくち飲む。僅かな苦味とコーヒーの香りが鼻を抜け、次に人工甘味料の甘みが口内を満たした。
「美味いな」
「ああ」
ちびちびカフェオレを飲む戦友が愛らしくて、彼の頭へこちらの頭を擦り付ける。されるがままの戦友の髪が乱れていった。
「もう少しかかる。ソファで暖かくしていてくれ」
「わかった」
ゆったりとした足取りで踵を返す彼を横目に、次はお玉を手にした。

棚にある瓶の中の穀物をお玉半分ほど掬い鍋の中へ入れる。━━最近では商船が定期的に訪れるようになったので、星外でしか入手できない食品も手に入るようになったのだ。━━これがある程度水分を吸えば完成だ。


火を止めて完成したスープリゾットをかき混ぜ空気を入れてある程度温度を下げる。
「待たせてしまったな。すまない、戦友」
深手の皿にリゾットを盛り、スプーンを添えてダイニングテーブルへ置いた。ほのかに酸味のある香りが立ちのぼり食欲を刺激する。
席に着いた戦友は不思議そうにこちらへ目を向けた。
「お前は食べないのか」
「ん?…そうだな、では少し貰おう」
小腹が減っている。明日の朝にとっておこうと思っていたが、お言葉に甘えて少しだけ食べよう。
鍋からひと掬いだけ深皿へ盛って、改めて戦友の向かいの席に着席した。
スプーンで掬ってひとくち食べる。うん。美味しい。
戦友にちらりと視線を投げると、スプーンいっぱいにリゾットを掬って口に運ぶところだった。薄い唇が閉じられてリゾットが口内へ消えていく。咀嚼し、ほんの少しだけ表情が和らいだように見えた。
「おいしい」
「ああ。おいしいな」
温かい食べ物だけでなく、その反応を見ただけで体の芯からぽかぽかと温かい気持ちが湧き上がる。

まだルビコンには問題が山積みだが、ほっと一息つける時間をとれるようになったのは戦友のおかげだ。
「いつもありがとう」
ふと口から溢れ出た言葉に頭を傾げる戦友が微笑ましい。
口の中のリゾットを飲み込んだ彼は口を開いた。
「俺も…いつも感謝している。ありがとう」
彼の口角が僅かに上がり、目が細められる。

どきりと心臓が跳ね、力を失った指からスプーンが落ちた。
戦友がリゾットを食べ終わるまで、彼に目を奪われたままだった。

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