拾い物
『見つけた』
砂煙の中から現れた機体から繰り出されるブレードを間一髪のところで避ける。
避けられることを計算に入れていたのか、流れるように繰り出される次の一手。だが遅い。それも避けてショットガンをコア目掛けぶち込んだ。
相手もクイックブーストで回避しようとするが反応が遅れたのか何発か当たったようだ。散らしていたミサイルに被弾してスタッガーしたところを左手のパイルバンカーでコアごと中身の人間も、と思ったところで、先ほどの声が引っ掛かった。
どこかで聞いた覚えのある、熱量があるのに静かな声。
それを聞いた時の血が沸る感覚。
「…V.I…」
『ああ』
パイルバンカーは脚部を破壊した。相手は戦闘不能。これ以上の追撃は不要だろう。
『なんだ。殺らないのか』
「…?」
V.Iは地面に崩れ折れたまま、右手を動かして俺のショットガンを掴む。そのままコアへ持っていき、ゴツン、と先を当てた。
『つまらないな』
脱力した機体はそのまま沈黙した。
「…V.I…?」
呼びかけても返事は無い。
「ウォルター」
『…敵意は無さそうだ。生かすも殺すもお前の好きにしろ、621』
ハンドラーに指示を仰いだが、いつも通りの指示が返ってきた。このところのウォルターはいつもこうだ。命令らしき命令をあまりしてくれない。
とりあえず、先ほどのV.Iの状態が胸に引っ掛かったこともあり、ここに捨て置くのではなく回収することにした。
ロックスミスを輸送機に積み、自身の機体も隣へ格納する。AIが自動的に機体を修復しにかかるのを横目に、それを避けながら相手のコックピットへと向かった。
開かれる様子のないハッチを外側から開く。中を覗き込むと、頭の後ろで手を組んでいる人間がいた。これがV.Iか。
こちらに見向きもしないV.Iは、寝ているのか無視を決め込んでいるのかどちらか分からない。どちらでも良いのだが、相手へかける言葉など何も考えておらず、さてこれからどうするべきなのかと思考を巡らせる。
数秒考えたところで面倒臭さが勝ったので放置しようと背を向けると、後ろから声がかかった。
「なぜ殺さなかった?」
「……」
先程も聞いた言葉だ。まるで殺されたいかのような言い草に疑問符が湧く。
なぜと言われても、殺すのは何故か、躊躇われた。
それにあの動きはなんだ。お前はもっと……。
「よっと」
物騒な言葉を言い放ったとは思えないほどコックピットから軽い足取りで出てきたV.Iは、こちらを一瞥してすぐに視線を格納庫の出口へと向けた。
「とりあえず生き長らえた。お前のハンドラーはどこだ」
「何をするつもりだ」
「挨拶だよ。ここで世話になるんだ。それくらいの常識はある」
「お前を世話するつもりはない」
「なんだ。じゃあなぜ拾った?俺が哀れだったのか?」
「違う」
「まぁ、理由なんてどうでもいい。案内してくれ」
「…お前の意思を尊重するが、621。こいつをどうするつもりだ?」
「…わからない」
呆れに近い溜息を吐かれてしまった。連れ帰ってからのプランは何も考えていなかったのだ、呆れられても仕方がない。
「お前はどうするつもりだ」
ウォルターがV.Iへ視線を向ける。
奴は飄々としたまま顎に手を当てた。
「そうだな…とりあえず、金を払うから飯を出してくれないか」
「……621は昼飯がまだだったな。ついでにもう一人分くらいは作ってやろう」
「俺もやる」
V.Iはそこに座っていろ、と指示を出すと、大人しく椅子に座って伸びをした。何を考えているかよく分からない男だ。
以前市場で購入した米と油と調味料を使って、ウォルターと二人で炒飯というものを作った。具は人工肉だ。
そういえば二人で作ったものを第三者に出すのは初めてだ。
相手がV.Iなのがなぜか気に食わないが、口に合うだろうか。と、柄にもなく浮き足立つ。
「チャーハンか。良いな。俺もこれは好きだ。だがワームを入れるとクリーミーになってより旨いぞ」
「ワームはウォルターが苦手だ」
「何?存外可愛いところがあるんだな」
「黙って食え、V.I」
V.Iがスプーンを手に取る。そのスプーンが震えているのが視界に入った。
自分の不躾な視線に気付いたのか、V.Iが気にする様子もなく口を開く。
「ああ、これか。後遺症だ。お前にやられた後、運良くアーキバスに回収されたのは良かったが、体のダメージが結構深刻でな。今じゃ操縦棍についているスイッチもたまに押し損ねる」
合点した。
ACは直感的な操作が可能だが、それは強化人間だから可能というところが大きい。ただの人間のV.Iでは、手元の細かい制御を少しでもミスすると命に関わる問題となりえる。
「…お前はもうヴェスパーではないようだな」
ウォルターが口元をハンカチで拭って鋭い視線を向けた。
「よく知っているな。スネイル以外の下に就くのは面倒だから辞めた。今は…知っているか?ACの闘技場があるんだが、そこで稼いでいる」
独立傭兵になる道もあっただろうに、と少し思ったが、この人間にはそれは無理だろうとすぐに考えを改めた。
「面白い奴と戦えるかと思ったんだが、あれはあれで金に囚われた奴が多い。やり合ってて純粋に楽しい相手はお前以外になかなか見つからない」
肌がひりつく殺意を向けられて、胸が躍った。
「楽しい…?」
「ああ。…だが、前のように上手く操縦できない。医者によると体が元の調子に戻るまで数年はかかるらしい。ならば、俺より強いお前に殺してもらおうかと思った。…闘技場のやつらは弱かったから死ねなかった」
思考回路が理解できない。
意思疎通できたと思っていたが違っていたようだ。少し残念な気持ちになって、それ自体に自分自身が驚く。
「ACに乗っているのに、脳とACの動きがリンクしない。これほど苦しいことはない。お前なら分かるだろう、猟犬」
それにしても旨いなこれ、と奴は炒飯を口に運ぶ。
ACのために調整された身体、それが強化人間だ。脳とACの動きはほぼ直結するようになっている。奴の状況に陥った事はないが、V.IVと対峙した時、似たような状況にはなったことがある。
脳の片隅では拒否しているものがあるのに、ACは目の前の敵を容赦なく屠る、それと逆なのか?
だが、俺も、奴も、ACを駆ることが生きる喜びなのだろう。それが満足にいかなければ苦しいのは当然だ。だが、それで死ぬのは早計だ。
「…俺も、お前とやり合ったのは楽しかった、んだと思う」
「そうか」
「だから…殺さない。強化人間になってでも元の状態に戻れ。それか、怪我が癒されるまで生きろ」
ウォルターが炒飯を口に運ぶ手を止めた。
フロイトはにやりと笑う。
「面白い殺し文句だ。…身体を強化するのはプライドに反する。数年世話になるぞ。お前の頼みだからな、それくらいはしてもらう」
「ウォルター、いいだろうか」
ウォルターは眉間を摘んだ。頭痛でもするのだろうか。
「…お前の好きにしろ。だがフロイト、次からはお前の食事は自分で用意しろ」
「ああ。分かった」
炒飯を全て食べ終えたフロイトは立ち上がる。
「安心しろ、皿もきちんと洗う」
奴は上機嫌に鼻歌を歌ってキッチンへと消えた。
「…621、拾ってきた野良猫の世話はきちんとするんだぞ」
「…………」
なんだか厄介なことになってしまった。