怪我だらけ
「なぜ身体を強化しない?」
鉄の残骸となったACのコックピットは血の匂いが充満している。そこにいるただの人間は、赤く濡れて荒い息を繰り返していた。
「その方が面白いだろ」
元より人間だった頃の記憶は無く、そのため身体を強化する前の身体がどんなものでどんな感覚だったのかも知らない。
それを知っているこいつのことを、少し羨ましいと思う。
「そうか」
頷いて、手を引っ張った。そこにいては治療ができない。
そのまま外まで連れ出すつもりだったが、何かに引っかかったのか腕がぴんと張って動かなくなった。
鈍く呻くフロイトを見下ろすと、外傷により変形した内部フレームが足を挟んでしまっているようだった。
「ソレは切っても問題ないか?」
「いや、ACに必要だ」
ならフレームの方を切る他ない。機材を取ってこなければ。
顔を上げた瞬間、がくり、とフロイトの首が重力に従ったのが見えた。
「…フロイト?」
返事のないフロイトはぐったりと項垂れ、その顎からは血が滴り落ちている。
本能が警報を鳴らしているのが聞こえた。こいつは今、死にかけているのか?
「ウォルター、フロイトが」
『ああ。今向かっている。そいつを動かせるように邪魔になるフレームは切っておけ。人体は傷付けるな』
「分かった」
表情の豊かなフロイトが、物言わぬ人の形をしたモノに成り果てていく様は、ひどく恐ろしく感じた。
*
「お前のハンドラーはすごいな。名医か?さすがに死ぬと思っていたぞ」
様々な管に繋がれて、顔以外の肌が見えないほど包帯を巻かれたフロイトは、楽しそうに笑っていた。
開口一番にそう言われるとは思っておらず、先日までの真っ赤に染まったフロイトを思い出して、少し狼狽える。
「加減を間違えた」
「ああ、それでいい。手加減はするな」
手加減をしなかった結果、コアを貫いたパイルバンカーがコックピットに掠ってしまったのだが。
…もうこいつとの"遊び"ではパイルバンカーは使わないでおこう、と誓う。
「…お前は脆いな」
「まぁ、人間だからな」
今はまだ感覚が戻っていないだろうフロイトの指を少し撫でた。強化人間と変わらない感触のそれは何が違うのかよく分からない。
「俺にここまでの怪我を負わせたことがあるのはお前くらいだ。勝手に死んだりはしないから安心しろ」
そう言ってフロイトは目を閉じた。眉間に皺を寄せ汗が滲んでいることから、身体の痛みを感じているのだろう。
「死にそうな人間を見たのは初めてだった。それがあんな…」
有人機を壊してもコックピットの中までは視界に入らない。あのような凄惨な光景が広がっているとは露ほども知らなかった。
「なんだお前、泣いてるのか?」
「?」
頬に雫が滑っていた。
手を寄せると、濡れている。
「…泣くのは構わないが、それで腕を鈍らせるなよ」
「ああ」
口に入ったそれは塩辛かった。
*
医者による手術は無事成功したが、更に半年追加でリハビリが必要となった。次は足が使い物にならなくなったのだ。指の震えは大分良くなった矢先にこれだ。もう滅茶苦茶だ。
しかも今日はレイヴンが仕事で船を空けているからやることがない。仕方なく車椅子を操作する。
リビングでフィーカを淹れていると、匂いに釣られたのかあいつのハンドラーが顔を出した。
隣で同じようにフィーカを淹れる。
「暇だ」
声を掛けると、皺の多いその顔がゆっくりとこちらを向いた。
「お前はACに乗る以外の時間は何をして過ごしていた?」
「日中はたいてい仕事だ。事務仕事。一応内容を見て承認するだけのな。事前にスネイルが確認済みだからそこまでおかしいものが来ることはなかった」
ウォルターはどこか遠くを見て、今はもういない俺の同僚に同情の目を向けているようだ。
「ならお前に仕事をやろう。…どうやら621はACを駆るのが楽しいらしいが、俺はその気持ちを分かってやれんからな」
デスクに置いてあったタブレットを操作してこちらへ手渡す。そこにはあらゆる星の情報が一覧化して表示されていた。
「621が人生をやり直すに相応しい星をピックアップしろ。…恐らく、お前の視点は必要だ」
「…」
じっとりとした視線を送るが全く理解していない顔をしている。
「ハンドラー・ウォルター、お前…アホか?」
「何?」
「あいつがここを出ていくとでも思っているのか?」
「ここにいても621のためにならない」
「……」
ため息を吐くと、相手は怪訝そうにこちらを見下ろす。
たぶんあいつがここに残ると言った時も同じような問答をしたのだろう。
「…まぁ、暇だしな。無駄なことに付き合ってやろう」
ルビコンへ来る前は様々な星で仕事をしていた。
重力負荷が異なる星でのAC駆動は新鮮な感覚で操作できて楽しい。この親バカをうまく使えばレイヴンと死ぬまでACで遊べるような気さえしてくる。とりあえず下見と称していくつか旅行の予定を立てようか。
「任せておけ。ハンドラー・ウォルター」
半年後にはACに乗れる予定だ。それまでに考えることはいくらでもある。
案外良い仕事をくれたもんだな、とやつのハンドラーに感心した。