再会

ザイレムを落としたあの後、爆風に巻き込まれ気を失い、意識を取り戻した時には見知らぬ部屋で寝かされていた。
部屋は全体的に白で統一されており、側にはPCに向かって作業をする初老の男が一人。その後ろ姿も見知らぬもので、期待した人物であるウォルターではなかった。

瞬間、刺すような胸の痛みを覚えて服を掴む。
きっと内臓へのダメージが酷いのだろう。暫くはまだ寝ていた方が良いかもしれない。ウォルターなら、きっとそう言う。そこまで考えたところで、いつも声をかけてくれているエアの存在が感じられないことに気付いた。

彼女の声を拾おうと体を起こすと、男がPCから顔を上げてこちらへ振り向く。彼は首から聴診器をかけていて白衣を見に纏っていることから、おそらく医者なのだろう。
彼は相手の警戒心を解かせるような柔和な笑みを浮かべて腕を組んだ。
「おはよう。気分はどうかな?体の方は歩ける程度には回復しているはずだよ」
外傷はほとんど治っているらしい。体を見ると、腕や足に包帯が巻かれているが、それはいつものことだった。
「ルビコンを救ってくれてありがとう。君のおかげで我々はまだ生き延びているよ」
実感のないその言葉をただ耳に入れる。
「ここは解放戦線の後方基地にある居住区だ。一週間も眠っていたからね、少しリハビリがてら散歩でもしてきたらどうかな?」

解放戦線という言葉を聞いて、すぐさま一人の顔が思い浮かぶ。自分を戦友と呼んでくれた、最後に通信が途絶えた彼。彼は死んでしまったのだろうか。

沈黙をどう捉えたのか不明だが、気にしていない様子の医者は誰かへ通話を開始する。それをただ見つめていると、10分もかからないうちに慌ただしくドアが開かれた。
「目を覚ましたんだな!レイヴン!」
聞き覚えのある声だった。
「ああ!挨拶がまだだったな。私はアーシル。解放戦線の仲介役として貴方に依頼を出していた者だ。ずっと貴方に直接感謝がしたかったんだ。我々の依頼を受けてくれてありがとう」
目の前に跪いた彼は、俺の手をとってそれを大事そうに包み込んだ。
「我々の状況は変わらず芳しくない。恐らく貴方が本調子に戻ればまた依頼をすることになるだろう。我々だけでどうにかしたいものだが、物資や人材の面を見ても企業にはまるで敵わない。だから…今後も依頼を引き受けてくれないか?」
「構わない」
「!ありがとう!君は救世主だ!…ああそうだ、散歩だったね。すまない。ここを案内しよう。暫くは貴方の拠点となる場所だ」

そうか、これからはウォルターを介さずに依頼を受けることになるのか。
様々な感情が頭の中でふわふわと行き来をしている。それらがそれぞれどんな感情にあたるのかは俺はまだ知らない。

彼は人当たりの良い笑みを浮かべ立ち上がった。
続けて自分も足に力を入れて立ちあがろうとするが、うまくいかずに目の前の彼へ軽く倒れ込む形となる。
アーシルは難なく受け止め、どうぞと肘をこちらへ向けた。
「……?」
それを掴めということだろうか、正解がわからないが、とりあえずその腕に掴まると、では行こうかと爽やかな笑みを向けられる。
通信越しではなく、直接顔を見て話すことはウォルター以外にしてこなかった。
なんとなく、胸の奥がむずむずとして落ち着かない。

大きな建物の中に所狭しと並ぶ家らしきものは、増築に増築を重ねているようで迷路の様相を呈していた。
「アーシルだ!」
「アーシル!」
どこから湧いてきたのか、小さい人間…初めて見たが恐らく子どもらしき小人たちが我々を取り囲んだ。
彼らはアーシルを慕っているようで、それぞれが好き勝手に言葉を投げかける。
アーシルも彼らを好ましく思っているようで、律儀に全員分の言葉に返事をしていた。

ここは騒がしいが、悪くない。と思った。
ウォルターの言う人生を取り戻すとは、彼らのように人同士が関わり合って生きていくことなのかもしれない。
ただ、普段と違う光景にまだ夢の中にいるような感覚だった。

ーーー

戦友が意識を取り戻したと聞いて、寝起きの頭をどうにかするところから始めた。

あの時、何者かに撃ち落とされた後、爆発寸前の機体から緊急離脱し運良く逃げ延びることができたが、離脱時の衝撃で派手に曲がった腕を未だ修復できておらず、日常生活すら以前のように上手くできてない。

用意に通常の二倍以上の時間がかかり、戦友に見せられる状態になった頃には三時間が経過していた。
今はどこで何をしているのだろうか、まだベッドの上でただじっと座っているかもしれない。


急ぎ向かった別フロアの居住区の光景を見て、無意識に足を止める。
アーシルと、そこにいる戦友はどことなく親しげに会話をしていた。
人当たりの良いアーシルのことだ、寡黙な戦友とも難なく会話できるだろう。それは分かっているのだが、腹の底からふつふつと湧き上がるものがあった。
可能な限りそれを抑えて、可能な限りいつも通り二人へ声をかける。
「やぁ二人とも。戦友が起きたと聞いて来たんだが、元気そうで何よりだ」
「ラスティさん。おはようございます。体調はいかがですか?」
「ああ、腕の修復まではまだ暫くかかるが、一先ずは大丈夫だよ」
アーシルは安心した様子で表情を和らげた。
戦友はこちらをじっと見つめていて、その表情からは感情が読み取れない。
そしてアーシルに体を預けるような形で組まれた腕に自然と目がいく。
「随分仲良くなったんだな」
「…?」
意図せず咎めるような口ぶりになってしまったが、理解していないのか戦友の表情は変わらない。
「彼は優しく善い人ですね。独立傭兵というからもっと殺伐とした人を想像していたのですが」
「優しい…?それは初めて言われた」
「本当かい?あなたは優しい。さっきだって」
ほぼ衝動的に、戦友の手首を掴んでいた。
「戦友、少し話がしたい。…アーシル、悪いが失礼する」

足元がおぼつかない621を連れ去ったラスティを見て、アーシルは珍しいこともあるものだと目を丸くした。
「……随分と入れ込んでいるんですね、ラスティさん」

ーーー

使われていない空き部屋へ着いた頃には少しの罪悪感が胸に募っていた。
「V.IV」
後ろからかかる静かな静止の声に、罰の悪い表情のまま振り返る。
その瞳は私がこちらを見たことを視認すると、そのまま自身の手首へと向けられた。

跡がつきそうなほど、強く握ってしまっている。

「す、すまない戦友。痛かったかい?」
「いや…問題ない」
そう言いつつ離された手首を緩くさすっている様子から、痛みを感じていたようだ。
更に罪悪感で胸がいっぱいになる。

「本当にすまない。どんな罰でも受ける」
「……罰?…V.IVは何も悪いことをしていない」
戦友は小首を傾げる。
「今日のV.IVは様子がおかしい」
自覚していることを告げられ、そして戦友にもそう思われていることに気恥ずかしくて顔に熱が集まるのを感じた。
「ああ…本当にその通りだ。すまない。君を見て舞い上がってしまってね。ずっとこうやって話がしたかったんだ。互いに異なる陣営に属していたから叶わなかったが、君はこちらに与してくれた。改めて感謝させてくれ。ありがとう。戦友」
「…ああ…」
戦友が続けて何か言いたげに口籠る。
少し待ってみると、出力する言葉の整理がついたのか、その口が開かれた。
「…俺も、お前と話したかった。それに、手を引かれるのは悪くなかった。だから、……」
「なんだい、戦友」
「…触れてもいいか?」
「触れ…」
突然の言葉に思考が停止した。
「…ああ、構わないよ」
「分かった」
そう言うなり距離を詰めた戦友に、つい片足が半歩後ろへ下がる。
自分よりも幾分か華奢な彼が腕を広げ、そのまま背に回された。
大袈裟に脈打つ自分の心臓に苦笑する。
「…ハグならいつでも歓迎だ、戦友」
「分かった。…ウォルターが、親しい間柄でも無闇に体に触れてはいけないと言っていた」
「なるほど。相手が私なら確認は不要だよ」
「分かった」
背に回された腕の力が強くなる。
随分と熱烈なハグだ。
同じように戦友の背に腕を回して、久しく感じていなかった人肌の温かさを享受する。
「…生きていてよかった」
「ああ、君も」


後日、私と戦友が"そういう関係"だとなぜか噂が立ったが、否定して回るのも面倒だったので言わせておくことにした。

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