ぬいぐるみ

あのラスティとレイヴンが付き合っている。
その噂自体はレイヴンがここに来た時からあった。なんでも、妙な雰囲気のラスティにレイヴンが空き部屋に連れ込まれたとか、そこで抱き合っているところを見たとか、そんな軽い噂だ。
長く眠っていた人と再開したのだ。抱き合うくらいはするだろう、と思っていたがその考えは間違っていたみたいだ。噂が正しかった。
あの日から胸の高鳴りが治らない。

年頃の若い女の間では、レイヴン派とラスティ派がいた。
この星に住む人々を鼓舞し、企業を退けた救世主、しかも寡黙でミステリアスな雰囲気のクールなイケメンのレイヴン。
と、昔ここで企業相手に戦っていた部隊の生き残りで、つい最近までスパイとして企業に潜り込んでいて、共にレイヴンと企業を退けた救世主、爽やかで人当たりが良く気遣いもできて話も上手い、見た目も完璧なラスティ。

私はレイヴン派だった。硬派そうなところとかが特に好きだった。ラスティは浮気しそうだし。
でも別に付き合いたくて食事に誘ったわけじゃない。少し近付いてみたかっただけだ。ワンチャン狙っていたといえばそうだけど、たかが数回食事を重ねたくらいであの動かない表情が崩れるなんて傲慢なことを思っていたわけじゃない。
それに私はまだ16歳だし、あっちはたぶん20代後半かそのあたりなのだ。今のうちにアピールして、大人の色気が出てきたら…とか、どうせ男は若い女が好きなんだから若さに乗じて…とか考えてはいたけれど、それはそれ。

記念すべきお誘いである一回目の食事会にOKされるとは思っていなかったが、全くこちらに興味のなさそうな目を向けられていたことに少し興奮している自分がいた。
女として認識しているかも危うい目だ。人間という生き物の内のひとつの個体としてこちらを見ていると言っても過言ではなかった。そもそも女に興味がないのかもしれなかった。そういうところも好きだと思った。
その瞳の色が変わるところを見たい、変えるのが自分であればよりいっそう良い、と欲が出た。
が、その全ては次の一瞬で崩れ去った。

レイヴンで見えていなかったが、彼の後ろからラスティが来ていたらしい。痴話喧嘩のようなものを目の前で見せつけられる。そして怒った大人の迫力は怖い。ラスティが怒っている場面を初めて見たので余計に怖かった。
頭がパニックになって謝って走って逃げた。
自分の部屋に着いて布団に潜り込んで、涙を拭った。
暫く失恋にメソメソしたあと、ふと思い返す。なぜ失恋したと思い込んでいるのかと。
だがあれは確かに痴情のもつれだった。漫画で見たことがある。
だがラスティからの一方的なものだった。ならラスティの片思い?あのレイヴンなら気付いていない可能性の方が高そうだ。
というか、ラスティはいつも女の人からのデートのお誘いを断っている。最近はアタックしようとする女の人すらいなくなったほどだ。そのラスティが、恋を?
いや、逆なのだ。レイヴンに恋をしているから、女の人からの誘いを受けない。
レイヴンはラスティからの好意をよく分かっていないから、女からの誘いを受けた。(というか女と二人で食事に行く意味を理解していなさそうだった。)

ラスティはレイヴン派だったのだ。
途端にラスティに親近感が湧いた。そして、その二人がくっついたところを想像すると、とても絵になった。
こんな小娘とレイヴンがくっついているところは見たくない。釣り合っていない。ロリコンのレイヴンは嫌だ。
ラスティを応援しよう。何処の馬の骨か分からない女とくっつかれるよりはマシだ。
思い立ったが吉日、さっそくお小遣いを握りしめて商船へと向かった。


以前戦友を食事に誘っていた少女からぬいぐるみをプレゼントされた。レイヴンとの仲を応援していると一言添えて渡されたそれは、狼と鴉のぬいぐるみだ。
縫い目と生地とタグを見るに、星外の企業が作ったものだろう。停泊中のあの商船で購入したことが窺える。
ほぼ知らない人間から渡されるプレゼントほど怖いものはない。部屋へ戻って縫い目を一部解いて中を確認する。綿以外のものは入ってないようだ。ただの純粋な好意によるものか、或いは戦友に下心があってのものか。
しかし眼下のぬいぐるみを抱きしめる戦友を想像すると、これを破棄するのは憚られた。ならば、と腰を上げる。
全く同じぬいぐるみを購入してきて、中に位置情報探知用のチップを入れて縫い目を閉じた。貰ったぬいぐるみはドラム缶の中へ入れて火をつける。よく燃えた。灰も残らないだろう。燃える綿を見ながら、我ながら大人気ないことをしているな、とため息を吐いた。後悔も反省もしていない。


「うん。可愛い」
「…?」
狼のぬいぐるみを両手で抱える戦友は可愛らしい。きょとんとしている(ように思える)その表情も、より愛らしさを増幅させている。
「なんだ、これは」
「きみにプレゼントだ」
「なぜだ?」
「私がいない時、寂しければ彼を抱いてみてくれ。私の代わりにきみの心を少しでも満たしてくれるだろう」
「……」
残念ながら寂しがられているとは思えないが、寂しく思って欲しいという願望を込めて戦友へそう告げる。
先程の言葉を咀嚼できていなさそうな戦友は、くるくるとぬいぐるみを回転させて狼の造形を眺めている。デフォルメされて短くなった鼻と、ツンと立った耳、丸みを帯びた手足と、ふわっとした尻尾。

刺繍で描かれた青い瞳を暫く見つめ、顔を上げる。
「ぬいぐるみは子どもが好むものだとデータにあった。俺より基地の子どもへ渡した方がいいんじゃないか」
ぬいぐるみを持つ戦友の手の上に、こちらの手を重ねて覆う。少し顔を覗き込んで、眉を下げた。
「私からのプレゼントだ。受け取って欲しいな。…それに基地には既にぬいぐるみが沢山あるから気にしなくても大丈夫だ」
「…分かった」
覆っていた手からするりと抜けられてソファへ向かってしまった。狼をソファに置いて、戦友はその横に腰を下ろした。戦友の重みで沈んだソファに体を持っていかれた狼が寄りかかる。彼は横にあったタブレットを持ち上げてニュースサイトを開いた。
はたと指を止め、顔を上げてこちらが持っているものへ視線を投げられる。
「…それは?」
脇に持っていたそれを見せてやった。
「鴉のぬいぐるみだよ」
わざとらしく鴉の頭にキスをした。ちらりと表情を伺うが、眉ひとつ動かないようだ。特に感じるものはないか。
「…これがラスティなら、それは俺を模したものか?」
「ああ。もちろん」
「…そうか」
それきりぬいぐるみへは興味を失くしたのか、タブレットへと視線を戻してしまった。
まぁ、想像通りの反応ではある。隣に狼を置いてくれているだけ御の字だ。
鴉を抱えて戦友の隣へ座る。少しだけ肩を寄せて、体重をかけた。
両方から狼に寄りかかられているな、と少し頬が緩む。
鴉を持ち上げて、先の丸い布のくちばしを戦友の頬へと寄せた。
ふに、とくちばしの先が頬に沈む。
「ふふ」
戦友は指を止めて、視線だけこちらへ向けた。
「……」
反応に困っているように見えた。頬にひとつキスをすると、ぱしぱしと目を瞬かせる。
「なんでもないよ」
「…そうか」
ニュース記事へ視線を戻した戦友を見て、さてこちらも、とノートPCを膝の上に広げる。今日中に報告書を出しておこう。


「帰還は明日の早朝になる。暖かくして寝るんだよ」
「ああ」
鴉のぬいぐるみを小脇に抱えたラスティは、ソファの上に座らせていた狼のぬいぐるみをこちらへ渡す。
「彼を私だと思ってくれ」
「……」
「じゃあ、いってくる」
「ああ。…気をつけて」
額にキスをして、手をひらひらと振ったラスティは部屋から出ていった。

狼へ視線を落とす。
ぬいぐるみを人と思うのは無理がある。比喩だということは分かるが、具体的にどういうことなのか分からない。
寂しければ抱いてみてくれ、と昨日は言っていた。
寂しいという感情がどういうものか分からない。
朝の冷えた空気が背中を撫でて、ぶるりと震える。思わず狼を抱きしめた。
特に変わったことはないが、柔らかいものを抱きしめるのは悪くない、ということが分かった。

とりあえず、今日は仕事が無い日だった。
仕事が無い日は苦手だ。何をしていいか分からない。
直近のニュースも大方読んだし、新作パーツ情報もすでに頭に入れてある。パズルゲームをしても良いが、といくらか候補を考えたが、シュミレーターでアセンを考えることにした。狼を胸の前で抱えて部屋を出る。


「レイヴンだ…!」
「レイヴンが来た!」
シュミレータールームは共有だ。場所も資源もあまりない解放戦線は、個室のシュミレータールームなど用意してられないからだ。
コックピットを模した装置が壁に向かっているものは一人用、向かい合って一機ずつ存在するものは対戦用のものだ。
一人用は埋まっているようだった。
なら部屋でタブレットに向かってデータのみを見て組むしか無い。踵を返したところで、声をかけられる。
「レイヴン、俺たちの相手をしてくれないだろうか」
声のする方へ顔を向けると、見たことがあるような、無いような人間が立っていた。
どうせ暇なのだ。求められるなら答えてやった方がいいだろう。対戦でアセンを試した方が効率も良い。
「構わない」
そう返答すると、ぱあっと相手の表情が明るくなる。
ざわざわと周囲の音が大きくなっていることに気付いた。次は俺が、いや私が、と浮き足立つ声が聞こえてくる。
「離席の際は言ってくれ。一戦ごとにこちらは交代する」
「ああ」

偵察用の軽量二脚。
万が一見つかった時のジャミング弾ランチャーと、軽くて取り回しの良いバーストマシンガン。肩は軽いパルスバックラーと、ジャミング弾を使わない際に使用するバーストマシンガン。あくまで偵察用で機動力重視だ。バーストマシンガンはバランスが良いので二丁で打てば足止めにはなるし、MT相手なら簡単に突破することができる。

対バルテウス用の重量二脚。
またあいつが投入されないとは限らない。実弾とパルスどちらも対応できるように、装甲は厚く、動きやすさは損なわないように推力も加味して…。

対惑星封鎖機構用の中量二脚。
対AC…ヴェスパーの番号付きでまだ殺していないヤツ用の…。
他にも……。

そうこうしているうちに昼になった。こいつら弱すぎる。
「おま…きみたちはどこの部隊所属だ?」
以前、"初対面にお前はあまりよくない"とラスティに指摘されたことを思い出して言い直す。
「我々はMT部隊です。主に防衛任務に就いています」
「偵察や放棄拠点調査も行っています」
「いずれはACに乗れるよう、訓練中であります!」
「そうか」
生身の人間からすると、ACの操作はMTの操作よりも複雑性が増す。訓練して損はしないが、それよりも立ち回りがお粗末だ。このままでは簡単に死ぬ。
簡単に死なれては困る。俺とラスティと他のAC乗りがカバーするにも限度がある。
「昼食後もここに来る。続きをやりたい者は13時に集合しろ」
「は…はい!ありがとうございます!」
勢いよく下げられた頭に一歩後退りする。
「あ、あの、…レイヴン」
「…?なんだ」
「そのぬいぐるみは…?」
視線が狼に向けられる。
「ラスティに貰ったものだ。…あいつだと思えと言われたからとりあえず持ち歩いている」
「は、はぁ…」
意味が分からないという様子で困惑している。俺も分からない。


部屋に戻ってゼリーで栄養補給をして体を休めたのちシュミレータールームへ向かう。午前よりも人数が増えていた。全員相手するつもりでシュミレーターへ乗り込んで、都度助言を挟みながら相手を撃破していく。雑談は上手くない自覚があるが、説明は比較的できているはずだ。相手の動きが良くなっていくのを感じるのは、初めて覚える種類の楽しさだった。


少しばかり遠くにある放棄基地の調査と周囲の哨戒を終えて後方拠点の基地へと戻る。視界に表示させたマップはこの基地のもので、マークがついている場所に戦友がいる。
朝の5時だというのにシュミレータールームにいるようだ。朝までアセン組みとは珍しいな、と足早に向かうと、部屋には惨状が広がっていた。

うんうん唸りながら床で眠るMT乗りたちと訓練生、AC乗り。安らかな顔で眠っている者たちもいる。それらの人々を踏まないようにただひとつ起動しているシュミレーターへ向かうと、戦友が一人、AI相手にアセンを試していた。
「戦友」
「…ラスティ」
振り返った戦友は、どことなく楽しそうだ。
「おかえり」
「ああ。ただいま」
膝の上に大人しく座っている狼に、少し嬉しくなる。
「鴉を連れて行ったお陰か、いつもより寂しくなかったよ」
「ああ…」
鴉に視線が移る。その後に狼。最後にこちらへ瞳が向く。
「…いつも寂しいのか?」
「きみがいない間は常にそうだよ」
額にキスを落とす。ぱちぱちと目が瞬く。
唇にもキスをして、頬に手を添え、角度を変えてもう一度贈る。
滑らかな髪に指を通して、薄く開いている口内へ舌を滑り込ませる。
ああだめだ、すぐに欲しくなってしまう。
暫く堪能してから口を離すと、浅く呼吸する戦友が狼を掴む手に少し力が入っているのがわかった。縋るなら私にすればいいのに。
ぬいぐるみを取り上げて、もう一度、と思ったところで視線に気付いた。
そういえばこの空間には私と戦友以外の人間もいるんだったな。

振り返ると、こちらを凝視している青年が頬を赤らめている。目が合うと、その顔は余計に赤く染まっていった。
「あっ…」
人差し指を立てて唇に当て微笑む。
青年はコクコクと頷いて視線を迷わせたあと突っ伏した。寝たふりを決め込むようだ。
この状況で先ほどの続きをするのは青年に悪いな。
狼と鴉を抱え直して、戦友へ手を伸ばす。
「戦友、部屋へ戻ろうか」
彼は名残惜しそうにシュミレーターをシャットダウンし、こちらの手を掴んだ。引っ張り上げて座席から降ろす。
「ラスティと一戦したかったが」
「また今度にしよう。きみも眠いだろう?」
「ああ」

その後、互いのぬいぐるみを抱いて私のベッドで仲良く眠った。
いい買い物をした。あの少女に感謝しなければ。

© 2024 anotokino. Designed by Utsusemi.