パーティー後の余韻

パーティーがあったあの日、戻ってくるまではまだいつも通りだった。
シャワーを浴びて眠りについて、昼に目を覚ますと戦友のベッドはもぬけの殻になっていて、更には非常食のカロリーバーがいくつか減っているときた。
慌てて格納庫へ走ると、案の定戦友の機体がない。
頭の先から爪の先まで血の気がサッと引いて、目の前が真っ暗になりそうになったのをなんとか踏ん張る。

混乱する頭をなんとか働かせて記憶を辿った。
まだ依頼は数日入らないはずだ。ではどこへ行ってしまったのか?
依頼のない日は部屋で星系ニュースやログやパーツのカタログを眺めるか、格納庫でアセンを組むか、格納庫脇のシュミレーターでアセンの研究をするか、だ。
その全ての場所に戦友はいない。

長い廊下を戻って居住区へと足早に向かう。
表情に焦りが出ていたのか、目が合った老人に緊張が走ったのを感じた。いけない、せっかく平和だと皆で和気藹々と楽しんだ後なのに。
深く息を吐いて、口角のあたりを少し上げる。
「すまない。何も悪いことは起こっていないよ、レイヴンを探しているんだが知らないか?」
「いや…見ていない」
「そうか。ありがとう」
緊急事態ではないと判断して先ほどの緊張は解かれたようだ。踵を返してフラットウェルの私室へ向かおうとしたところで、後ろから声がかかる。
「たまにはそいつも連れて子供たちと遊んでやってくれ。お前たちはヒーローなんだ」

足を止めた。振り返って微笑む。
「ありがとう。たまにはこちらへ来るようにするよ」
「ラスティ。お前に感謝する者も多いんだぞ」
「分かっているよ。ありがとう、トムおじさん」
ため息を吐かれる。お世辞だと思われている顔だ。
戦友が良しと言うなら、たまにはこちらへ顔を出しても良いかもしれない。…が、まずは戦友を探さないと。
手を軽く振ってそこを後にする。

そのあと顔見知りに聞いて回っても誰も知らなかった。それもそのはずで、パーティーが深夜に終わったあと、早朝は皆眠りについていたからだ。
その隙を狙って戦友は姿を消した。

試しにメッセージを送信してみる。送信不可のダイアログが出ないことから、ちゃんと届いてはいるようだ。
だが音声通信は遮断されていた。返事はしないという意思だろう。
「なぜだ、戦友…」
きっかけは恐らく…昨日のアレだ。それ以外に考えられない。
気分が乗ったとはいえ無理やりすぎたんじゃないか。嫌そうな反応は無かったはず、いや、それらしい仕草はしていたか。とめろと言っていた気がする。正直興奮していてあまり憶えていない。
壁に頭を打ちつけてそのまま頭を抱えて蹲った。
やりすぎた。初心な人間相手に。

勢いのまま謝罪の文章をつらつらと書いて送信ボタンを押そうとして指を止める。文が長い。これでは気色悪いだろう。文を削る。これでは喧嘩を売っているみたいだ。更に編集を重ねる。ああでもない、こうでもない。
『すまなかった』
送信ボタン押下。
「はぁ……」
時刻は既に20:00。目が覚めて7時間も経っていた。
今日は帰ってこないつもりなのだろうか。どれくらい帰ってこなければ探しに行くべきか。今すぐにでも出撃したい。
こんなことなら座標探知システムを戦友のACにインストールしておけばよかった。
戦友はその気になればどこへでも行けてしまうのだ。

どこまでも後悔が押し寄せてきて立ち上がれないでいると、手元の端末が震えた。
後方居住区防衛班からメッセージが届いたようだった。
『レイヴンが帰投しました』
勢いよく立ち上がる。
すぐさま端末を仕舞って格納庫へ向かった。


いくつか廊下を曲がると、探していた背中が視界に入った。
気持ちを抑えてスピードを落とす。
急くな、目に見える距離にいるなら必ず逃さない。

歩いてある程度近づくと、戦友は誰かと会話しているようだった。だが相手の姿が見えない。
「…やあ、戦友」
戦友の体に隠れて見えなかったが、彼の前に小柄の女性がいた。以前居住区で見かけたことがある、若く可愛げのある女性だ。
こちらを向いた戦友に安堵やら怒りやら複雑ないくつもの感情が込み上げて腹の奥で渦巻くが、努めていつも通りを振る舞う。とりあえず女性へ状況確認だ。
「こんばんは。こんなところまで来るのは珍しいね。どうしたんだい?」
「こ、こんばんは。ええと…」
「共に食事をしたいらしいから行ってくる」
端的に、常と同じ抑揚の無い声でそう告げた戦友が、こちらから視線を外して前へと歩き出した。
ほぼ反射的にその手首を掴む。
「…待つんだ」
「なんだ」
「きみは私のものじゃないのか」

言ってから、はっとして口を閉じた。自然とこぼれ出た唐突な言葉は独占欲に塗れていて、何も知らないこの女性に聞かせるには過ぎる言葉だと理性が手綱を握ろうとする。
「……そうなのか?」
が、とぼけた様子の戦友を見て、それはあっさりと手綱を離した。
「ああそうだ」
「だとしても食事は問題ないだろう」
「いや、ある」
自然と手に力が籠って、戦友の手首の骨が軋んだ音を出す。
その様子を見ていた、今にも泣き出しそうな表情をしている女性がちらりと視界に映って、ぱっと手を離した。
申し訳ないことをしてしまった。怯えさせる意図は無かったのだが。
女性は挙動不審にあたふたとしながら早口で捲し立てた。
「あ、あのっ、すみませんでした!もう誘ったりしないので!お二人がそういう関係とは知らなくて…!」
全て言う前に背を向けて走っていってしまう。
戦友はその背中を見つめて首を傾げた。
「…?なぜ謝る?」
「……」
ため息を吐いた。

戦友の肩を掴んでこちらを向かせる。
ぎり、と音を立てた肩が悲鳴を上げているようで、ぎくりとして手を離した。こういうところが怖く思われてしまうのだ。
度々顔を出す苛立ちを抑えるために一度深呼吸をした。
目の前の戦友は目を合わせようとせず、少しだけ罰が悪そうにしている。怒られるようなことをした自覚は多少あるらしい。
可能な限り優しい声色で話しかける。
「…どうしていなくなったんだ?」
返事はない。
「戦友」
そう呼ぶと、目が合ってすぐに逸らされた。
「顔を合わせづらい」
「…どうして?」
「……」
視線が迷って、口が閉ざされた。何かを考えている時の表情だった。
戦友が口を開くまで辛抱強く待つ。
数秒か、数十秒か、それくらい経った頃に、薄い唇が開かれた。
「……羞恥、だと思う」
「……」
恥ずかしかったから逃げた、ということらしい。

先ほどまで渦巻いていた苛立ちはすっと消えて、胸が沸き立つのを感じた。目の前の彼を力いっぱい抱き締めたい衝動に駆られる。
罰の悪そうな表情は恥じらいも含められているのだろう。目が合わないのも恥ずかしいからだ。なんて可愛いんだ。私の、私だけに恥じらう戦友は。
「…嫌われてしまったのかと思ったよ」
「嫌っていない」
恥じらいに負けないよう頑張ってこちらと目を合わせている。それだけでもう、全てを許した。
「なら、慣れてもらわないとね」
頬に指を滑らせると、肩がぴくりと小さく跳ねる。
少し上へ向けて、ほんのり上気しつつある頬が愛おしくて親指で撫でた。
「お前に羞恥心は無いのか?」
「むしろきみの方が無いと思っていたよ」
「…以前は無かったが、人間らしくなってきたんだろう」
確かに、初めて会った頃よりは表情が豊かになったし、かなり話すようにもなった。
「いい傾向だ」
避ける隙を与えずキスをする。また視線を逸らされた。

何度か啄んでいると、戦友の手のひらがそれを遮って顔を押し返した。頬が先ほどより少しだけ赤くなっている。恥ずかしいのだろう。キスは一旦やめることにした。
「…前から気になっていたんだが」
「なにかな?」
「そのキスという行為は何の意味がある?」
「なっ、」
今更?と思わなくもないが、嫌ではないから受け入れていただけだったということに肩を落とした。
戦友にとってのこれは特に意味のない行為だったらしい。
それでも恥ずかしいのは本能か、古い記憶によるものか。
「…説明はまだだったね」
「昨日のアレも意味があってのことか」
「どちらもきみに愛を伝える行為だよ」
「…愛?」
戦友を抱き締める。ハグは戦友からしたいと言ってくれたコミニュケーションだ。多少は気持ちを分かってくれるはず。
「きみも私のことを好きだと言ってくれていただろう?あれも愛あってのことのはずだよ」
「愛…」
理解しきれない様子の戦友に、念のため釘を刺しておく。
「だが、どれも私以外としてはいけないよ」
「なぜだ」
やはり分かっていなかった。言っておいてよかったと胸を撫で下ろす。誘われることが無いとは言い切れない。
戦友の頭をゆるく撫でる。
「そういうものだからさ。言っただろう?きみは私のものだと」
「そのことなんだが…いつお前のものになったんだ?」
「私に命を預けているんだろう」
「…ああ」
戦友は納得したように、そうだな、と答えた。


少し遅めの夕食を摂って、シャワーを浴びた。
戦友から聞いた話だと、居住区を抜け出した後は適当な位置で機体を降ろしてコックピットで寝ていたらしい。そのあとは近辺の哨戒をして帰ってきたのだとか。

戦友はおやすみと一言こぼして布団に包まった。
普段ならそのまま別々のベッドで眠るのだが、少しだけ欲が出てきた。
自分のベッドに入らずに、戦友のベッドの前に立って布団へ手を伸ばす。
気配を感じたのだろう戦友が布団から顔を出して、私の手首を掴んだ。

「なんだ」
拘束力のないその手から抜け出して、そのまま指を交差させる。
「一緒に寝ても良いかい?」
「何故だ」
ひとつ微笑んで、靴を脱いで布団へ潜り込む。特に抗議の声は上がらなかった。
ちょうどこちら側へ体を向けていた戦友を抱き締めると、満たされた気持ちでいっぱいになった。同時に、人肌の柔らかさや骨の固さ、筋肉の凹凸が直に感じられて興奮してきた。
意図せず戦友の太腿にそれが当たってしまい、ぴしりと体が固くなるのを感じた。
「戦友、すまない。生理現象だ。今日はそのつもりはない」
訝しげに目を細められる。
「本当だよ。だがきみが求めるならいつでも大丈夫だ」
「…俺から求めることは無い」
その言葉を待っていた。いや、必ず言うと思っていた。
「じゃあ耐久戦といこうか、戦友」
「?」
シャツの下に指を滑らせて、腰骨に沿って腹筋を指の腹で撫でる。
「…そのつもりはないんじゃないのか」
「ああ。私はないよ」
「…?」
薄い腹の表面を手のひらで撫でながら少し押す。肌の傷を手のひらで感じながら肋骨へと移動して、胸の突起を掠めるようにフェザータッチて撫でていく。
こちらの言動と行動が一致していないせいか、戦友が困惑しているのが見てとれる。
自然と上がる口角を隠すようにその唇にキスをした。
戦友は恐らく呼吸が浅い。そのせいでキスをするとすぐに息が上がるようだった。
肌を撫でながら執拗にキスを繰り返していると、流石に戦友の手が拒否を示してきた。
「嘘か」
「嘘だと思うかい?」
「嘘じゃなければなんだこれは」
「ただの愛情表現だよ」
その手ごと抱き締めて、口内へ舌を差し込んだ。
温かくて柔らかいもの同士が触れ合うのは気持ちが良いものだと教え込む。
目を閉じない戦友を見つめたままでいると、冷えていた瞳が段々と熱を持って溶けていくのが分かった。
息をうまく吸えていない戦友が、耐えかねて顔を背ける。
見せつけるように舌舐めずりをすると、眉間に皺を寄せて睨まれた。戦友の意思で睨まれるのであれば、それだけで嬉しいものだ。
「愛情表現…?」
「気持ちいいだろう?」
「……」
ズボンと肌の間に指を差し込む。そのまま下着にも指を引っ掛けて、徐々に下へずらしていく。と、予想通り戦友の手に阻まれた。
「まて」
「分かった」
手を離して仰向けにさせ覆い被さる。
既に互いに主張しているそこを布越しに触れさせて、上半身を再び撫でながら肌が見えている場所へキスを落としていく。
熱っぽい吐息を漏らす戦友の首を舐めると肩を震わせた。
耳朶を甘噛みして、唇で食んで、ふちを舐める。
そろそろ辛くなってきているんじゃないのか。
布越しに手でそこに触れた。くぐもった声を出す戦友が艶かしくて生唾を飲んだ。
「戦友」
「…なんだ」
「…戦友」
「……」
早く。
視線を投げると、戦友が折れた。いやこの場合は折れてくれた、という方が正しいだろう。
耐久戦はこちらの負けだ。

「頼む」
戦友からその言葉が出てきた事実に理性が溶かされた。
私に好き勝手にされている戦友は抵抗している様子はない。
それだけで胸がすっと軽くなったようだった。


「………」
朝に目が覚めると、布団と傷が擦れてちりちりとした痛みを感じた。見ると、親指の付け根に歯形がついていた。
そういえば噛まれた気がする。
一昨日ほど羞恥は感じなかった。ラスティが言っていたように慣れるものなんだろう。これは。

寝ているラスティがもぞもぞと身じろぎをしてこちらを抱き締める。
まだ瞼が開ききっていないラスティと目が合って、寝起きの低い声が返ってきた。
「…おはよう」
「おはよう」
「…体調は?」
相変わらず尻と腹に違和感はあるが、痛みがあるのは手だけだ。
「ラスティが噛んだ箇所が痛い」
「…ああ…」
手を見て微笑まれた。
「すまない」
すまないと思っていなさそうだ。
「これは痛かったが愛情表現なのか?」
「そうだね…あとマーキングの意味もある」
「マーキング?必要なのか」
「ああ。きみは魅力的だからね」
それに、と続ける。
「私もきみの体に傷をつけたくなった」
体についた無数の傷のうちのひとつを指で撫でられた。
こんなものをつけて何になるのだろうか。

「最近のラスティは様子がおかしい」
「だとしたらきみのせいだな」
「俺は何もしていない」
ラスティがこちらへ顔を寄せてきて、それを反射的に背けると首元へ唇が寄せられた。そのままそこから舌が出てきて首筋を通って耳を舐める。同時に伸びてきた手が頭を撫でて、もうひとつが腰骨のあたりを這った。
ぞく、と体の奥から込み上げたものが脊髄を通って喉から息が漏れた。
「きみは反応が良くなったみたいだな、戦友」
「お前のせいだろ」
頭を手で押して遠ざける。
「じゃあ、お互い様ということでいいじゃないか?」
「……??そうなのか……?」
「ふ、ふふ…」
再びこちらを抱き締めたラスティは、胸の辺りで可笑しそうに笑っている。
「…なぜ笑っている」
「きみが悪い人間の手に落ちなくて良かったよ」
「……」
なんだかこいつが悪い人間のように思えてきた。

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