二人のパーティー

アーキバスは撤退した。
ほかの星外企業がいつこの地へコーラルを収集しに来るか不明だが、ひとまずは平和になったといえるだろう。
また、仕事で各地へ行くたびにコーラルを観測しているが、今のところ目立った変化はない。そちらの対策を考えるには忙しすぎた。次の問題はこの件となるだろう。
だが今日はパーティーが開かれる。
ラスティやフラットウェルに相談するのは後日の方が良い、と判断した。

今日はACやMTの出撃が無い記念すべき日となったようだ。
後方拠点の居住区では飾り付けがされ、楽器の音や人々の笑い声が絶え間なく聞こえてくる。
苦く笑うフラットウェルに断りを入れ、手渡された二人分の食事を手に長い廊下を歩いた。
一定の距離で灯された照明を越えるたびに、喧騒から静謐へと移り変わる。

どうやらラスティはパーティーに顔を出す気はないようなので、俺も倣ってそうすることにした。
あの幸福を絵に描いたような空間は、俺の存在はひどく場違いなように思えて、そして実際にそうなのだろうからこの選択は間違っていないはずだ。
ラスティを一人にするのも気が引けたし、幸福を築くのであれば、ラスティがそばにいないと嫌だという気持ちもあった。


「フラットウェルに飯を貰ってきた」
「おかえり。ありがとう、戦友」
部屋に戻ると皿に乗せたミールワームの丸焼きをテーブルに置く。
ツイィーが言うには、外はパリッと、中はトロッと、ということらしい。普段食べているワームの3倍ほどの大きさのそれはパーティー会場でも目を引いていた。随分と貴重そうなワームを持たされたものだ。
フラットウェルから手渡されたものはもう一つある。
液体の入った瓶を机に置いた。
「これは…」
「ああ。フラットウェルが隠し持っていたらしい。俺たちに記念にやる、と言っていた」
「そうか…。彼が飲めば良いのにな。気を遣わせてしまったか」
「フラットウェルが気にするなと言っていた」
「ふ。お見通しということだね。じゃあせっかくだしいただこうか」

ワームに包丁を入れて、周りにある豆と絡めて口に入れる。
普段の小さいワームより感じる濃厚でクリーミーな味を堪能していると、ラスティが酒の入ったグラスを手渡してきた。
「乾杯」
同じように受け取ったグラスを持って少し上に掲げると、コツン、とグラスを当てられて小気味良い音がした。
グラスに口をつけたラスティは、一気に酒を喉へ流し込む。上を向いたことにより強調された喉仏が上下に動いた。
「うまい」
間髪入れずにグラスに酒に注ぐ。
それを横に置いて、ワームと豆をスプーンで掬って口の中へ入れた。
咀嚼しているラスティと目が合う。
「なんだい?戦友」
「いや……見惚れていた」
ラスティが咳き込んだ。

やけに美味そうに飲むな、と。見惚れたのだと思う。
息を整えているラスティを横目に、酒を少しだけ口へ流す。
舌を刺激する辛さと鼻を抜ける独特の風味と、喉を通った後の焼けるような感覚に咽せた。酒を飲むのは初めてだが、これが好きなのだろうか?
「大丈夫かい?」
「…うまくない」
「はは。戦友には早かったかな」
こんなものをうまいと思う日が来るのだろうか。
9割酒が残ったままのグラスをラスティに渡すと、嬉しそうに一気に飲み込んだ。

「今日くらいは、一息ついても良いかな」
ラスティは自身のグラスを揺らして、液体を眺める。
ぐい、とまた酒を流し込んだ。
酒に含まれるアルコールには酩酊作用がある。度数の高いそれを短時間に多量摂取しても問題ないのだろうか。
「ラスティ」
声をかけると、とろんと溶けた瞳を向けられる。
「なんだい?戦友」
「あまり飲み過ぎると許容値を超える」
「心配してくれているのかい?」
「ああ」
こちらへ伸ばされた手が、俺の手に重なる。
「嬉しいよ」
ラスティは立ち上がり、足先がぶつかる距離まで詰めて、こちらを見下ろした。
背を曲げて屈み、顔が近付く。
ただそれを見ていると、唇が合わさった。
離れて、また近付く。
視界の端に、彼の口の端が上がっているのが見えた。

キスをするたびに器用に小鳥の囀りのような音を出す唇に感心しながら、少しばかり意識が浮ついていることに気付く。
頬を手で包まれて、長い指が髪の生え際をカリ、と軽く引っ掻いた。唇を食まれて、深い口付けに息が詰まる。
鼻で呼吸をしても酸素が吸えていないように思えて、口を開けるとそこにぬるりと舌が差し込まれた。
感じたことのない感覚に咄嗟にラスティの腕を掴む。
目を閉じて長いまつ毛を震わせていたラスティが目を開けた。
細められた瞳と目が合ったまま、舌で舌を絡め取られ、舌の裏を、上顎を、歯を、こちらの反応を確かめるように、柔く舐め上げられていく。
酸素を求める口の端からやけに熱っぽい息が漏れる。
じくじくと体が痺れて、何をされているのか分からず頭が真っ白になった。

顔をほぼ真上に上げているせいか、余った唾液が喉へ流れ込んできて飲み込む。
酸素は吸えているのに呼吸が苦しくなってきて、やんわりとラスティの肩を押した。
「…ラスティ」
「なんだい、戦友」
熱に浮かされて溶けた瞳がこちらを見下ろしている。
「首が痛い」
「ああ、ならベッドに行こうか?」
「?…治療を受けるほどではない」
「……」

目を丸くしたラスティは徐々に顔が赤くなっていく。
体を離し、顔を手で覆った。
「…すまない。久々に飲んだから酔ったみたいだ」
席に戻って瓶に蓋をしたラスティは水を何杯か飲んだ。


「私たちもパーティーらしいことをするかい?」
ワームを食べ終わって皿を洗い終えたラスティが手を拭きながら振り向いた。
「パーティーらしいこととは何だ」
「なに、簡単なことだよ」
ラスティに手を取られ腰を上げる。
クローゼットから防寒具を取り出して手渡された。
「外へ行くのか?」
「ああ。寒いから風邪をひかないようにね」
耳まで隠すパイロットキャップと、風を通さないフライトジャケット。グローブで手も隠して、ラスティのマフラーが首に巻かれた。

手を取られて部屋を出る。
居住区であるパーティー会場と反対方向、格納庫の方面へと向かった。
スティールヘイズ・オルトゥスと自機が並んでいて、自機の方へ向かおうとすると腕を引っ張られ、そのままスティールヘイズ・オルトゥスのコアへ連れられて中へと乗り込んだ。
一人用に設計されたコックピットに男二人は狭い。
ラスティの太腿へ尻を乗せて、モニターが見やすいように肩へ腕を回す。
「どこへ行くんだ」
「どこでもいいさ。きみとなら」
格納庫のハッチが開き、物音を極力立てないようにして静かに外へ出る。
そういえば、AC出撃のない記念すべき日だというパーティーだったが、と逡巡した。
「きみと私の秘密だぞ、戦友」
心を見透せたようにラスティから声が掛かって、つい目を向ける。と、キスをされた。
「前を向かないと危ない」
「前には何もないから大丈夫だ」
確かに白い荒野が広がっているが。
少しこちらを見て満足したのか、前を向いてアサルトブーストを吹かす。
暫くそうしたあと、見慣れた"壁"が見えてきた。
脚部の足裏と床が滑り、摩擦で鋭い音を立てて機体が止まる。
壁の上で初めて出会った時のことが自然と脳裏に蘇る。
「さぁ、外へ出よう」
そう言ってまたキスをされる。

コックピットから出てコアの上へと足を下ろすと、冷たい風が急激に鼻を冷やし、酸素を吸うと同時に鼻の奥がつんとした。
「空を見てごらん、戦友」
コックピットから出てきたラスティが隣へ立ち、空を仰いだ。
夜空には星がきらきらと輝いていて、たまに流線を描いて移動する宇宙船が流れ星のように流れる。
「きみが帰ってくるまでに部屋を飾ろうと思っていたんだが、飾り付けるようなものが見当たらなくてね。見慣れた景色だが、きみと見るならいつもの空も何倍も輝くものだよ」
「ああ」
空へ手を伸ばす。宇宙へは届かない。
ACだけではあの輝く宇宙へは行けない。

伸ばした手をラスティが捕まえ、指を絡められた。
「きみと出会えてよかった」
覗き込まれて星空をバックにラスティが視界に映る。
腰を抱かれてさらに距離が近くなった。
「きみはどうだ?」
真剣な視線にたじろぐ。
その人と出会えてよかったかなど分からない。
分かっているのは、ウォルターがいなければ生きてはおらず、ラスティがいなければ友との時間を過ごすことはなかったということだ。
「出会えてよかった、と思う」
見上げて、彼がいつもそうするように、少し踵を上げてキスをする。
「よくない出会いはまだない」
あの日、再起動されてからすべてを糧にしてここまで来た。
出会った者たちでも立ちはだかるものは全員殺した。
だが不要な出会いはなかった。
ただ、傷が増えただけだ。

ラスティが冷たい指を頬へ滑らせた。
「きみの全てが欲しい」
「…全て?それは、不可能だ」
「きみの瞳に私以外の人間を映してほしくない」
「それも不可能だ」
「きみを滅茶苦茶にしたい」
「それは…」
具体的には?と聞こうとしたが、もう命を差し出した相手だ。何をされても構わない。
「可能だ」
目が細められる。獲物を狩る瞳だ。
「言ったな?」
「ああ」
殺気に近いものが向けられて、背筋が凍る。
もしかしたら殺される寸前まで肉体が破壊されるのかもしれない。
「じゃあ、機内に戻ろうか」
「帰るのか」
「いや、帰るのは朝になりそうだ」
「?」


狭いコックピット内で、指示通りラスティの太腿に跨り向かい合って座る。
上着と帽子と手袋とマフラーは外した。
ジェネレーターの排熱で機内はそこまで寒くない。
ラスティも同じように上着を脱いで肌の輪郭が分かるようになると、こちらへ腕を伸ばして抱き寄せた。
薄い一枚越しに伝わる体温と、人肌の柔らかさが感じられて心地良い。
心音は少しだけ早いようだ。
「…部屋に戻ろうかとも思ったが、少し我慢できそうにない」
背骨を確かめるように、回された手が肌をなぞる。
薬指につけられた人工物が冷たくて背筋を震わせた。
「何をするんだ」
「…愛し合…いや、きみにははっきり言っておいた方が良いか」
少し下にある顔が上に向けられて、キスをされる。
「セックスだよ」
「……」
それは男女で行う生殖行為ではないか?と聞こうとしたが、頭の片隅ではそうではないことを分かっている。理由までは不明だが、朧げな古い記憶がそう呟いているのだろう。
「…本能的に、嫌だと感じたら言ってくれ。何か対策を考える」
やめるつもりはないらしい。

体を撫で回す手によって、体温が徐々に上がっていくのを感じる。上半身はもう触れていない箇所は無いんじゃないかと思えるほどであった。
焼き切れた脳では体から脳への信号がうまく伝達されていないのだろうが、興奮しているらしい体は性器を持ち上げることでそれを証明していた。
体を滑る手はそのままに与えられた幾度目かのキスは長く、上手い甘味を時間をかけて食べるように、味わられているように思える。
こちらからは触るようなことはしていないのに、ラスティのそこも質量を増しているようで、布越しにお互いのものが触れ合っていた。
たまにびくりと震えるたびに僅かながらに羞恥が襲う。
熱くなった吐息を漏らして、目の前にある肩へ額を押し付けた。この行為は嫌ではないが、知らない感覚ばかりで少し疲れる。
「……きみを撃ち落としたような気分だ」
「…?…どういう意味だ」
「ひどく気分が良い。のと…罪悪感、かな」
ベルトに手をかけられて、金属音が触れ合う音がしなくなった後、腰を僅かに締め付けていた拘束が解かれる。
「脱げるかい?」
下着ごと片足を抜いて、残った方は重力に従って足首まで落ちていった。
ラスティも腰を浮かせて同じようにする。
互いに固さを持ったそれが布越しではなく直に触れ合う。
焼き切れた脳でも感じていた羞恥が限界に近いと言っている。早くここから逃げ出したい。

竿の先から垂れている液体を馴染ませるように、大きな手が二本とも包んで、緩やかに上下に動かす。
ダイレクトに与えられた快感に腰が跳ねた。
「っ…!」
「はは…やばいな、これは」
空いた方の手で頬を撫でられて、顔を引き寄せられる。そのまま舌が差し込まれて、手は上下に動かされ、なにがなんだか分からない。
痺れるような快感が全身の筋肉を解し、喉からは意識と乖離した声が漏れる。上り詰める何かに焦って顔を背けた。
「っまて…!」
「どうしたんだ?戦友」
「手を止めろ」
抗議の声は無視され、抵抗する手はラスティの片手で手首を纏めて掴まれ封じられてしまった。生身ではこの男にまるで勝てない。
脈拍が上がり興奮状態に陥っている俺は犬のように息を上げて、再び肩口へと額を擦り付けた。…もう駄目だ。
脳が溶けるような感覚と共に、それが脈打って手の中に勢いよく吐き出された。それでも手を止めないラスティの手を白く汚していく。
「っ!ラス、ぅぐっ……!」
体がびくびくと震えて全身の筋肉が強張る。吐精が終えても解放されない。敏感になったそこから常に快感が生まれて、喉から高い声だか息だかよく分からないものが漏れ続ける。
視界がばちばちと弾けて白く点滅している。手を解放されたがもう抵抗する力が残っていない。首の後ろを掴まれて、切羽詰まったように口付けが落とされた。
そのすぐ後に、接触しているそれが脈打つ。

漸く手を止めたラスティが、キスをしながら汚れていない方の手で頭を撫でてくる。指が頭皮を撫でて、またぞわぞわと熱が上がってきた。
…こいつのせいで、ウォルターにしてもらった頭を撫でられることによる心地よさは書き換えられたようだ。それは少し腹立たしい。
二人分の精で白くどろどろに汚れている手を一度眺めて口角を上げたラスティは、手を伸ばしてそのまま俺の尻の穴を触ってきた。
「!?…なんだ、ラスティ」
手で阻止しようとするが、また拘束されてしまった。
「ローションなんてものはACに乗せていないからね。これを使うしかないだろう?」
絶句した。
さっきので終わりかと思っていたがまだ続けるらしい。
しかも今度は後ろの穴に入れるのだ。信じられない。そこは出すための機能しか備わってないはずだ。
ぬちぬちと聞いたことのない音が耳に届く。
本当にするつもりかと視線を投げると、爽やかに微笑まれてしまった。
「痛くならないように努めるよ」
努めないと痛いようだ。頭を抱えたくなった。


全身を覆う倦怠感を伴ったまま目が覚めた。
上着と毛布を羽織った状態で、ほかは裸のまま向かい合って眠っていたようだ。無理な体勢のせいで関節も痛い。
昨日の記憶があるうちは液体まみれだったが、それがないあたりはラスティが拭き取ったのだろう。床に落ちている何かが付着したままのインナーを見下ろす。
内臓を直接弄られた感覚がまだ無くならず、腹のあたりを撫でた。暴力的なまでの快楽に思考することもままならない状況は少しいただけない。自分が自分でなくなるような感覚は恐ろしい。
「おはよう。戦友」
「…おはよう」
頭の後ろに手が添えられて、引き寄せられるままにキスをする。
「…もう一度できそうだが、シャワーも浴びたいし帰ろうか」
「ああ。そうしてくれ」
間髪入れずに返答したのが面白かったのか、くすくすと笑われてしまう。

服を着て、来た時と同じ体勢になりACが起動される。
「これで次からは心置きなく誘えるな」
挑発的な目が向けられて、ひとつため息を吐いた。
「…勘弁してくれ」
何が良かったのか、嬉しそうに笑ったラスティは、アサルトブーストで壁から飛び立った。鼻歌を奏でながら基地へとまっすぐ向かう。
朝焼けが海の向こうから顔を出していた。

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