好きに違いは無い
いつも通り仕事を終えて部屋へ戻ると、俺を見たラスティの目が見開かれた。
「どうしたんだその顔は!?」
ソファから立ち上がってこちらへ大股で歩を進め、目の前で立ち止まって俺の肩を掴もうとした手を止める。ちらりと見ると、肩に触れそうな距離で留まった手は怒りからか震えていた。
肩は怪我をしていないのに、変なところで気を回すやつだな、と思った。
「殴られた」
「なっ…誰に!」
その相手の発言を思い返す。
「俺に殺された人間の兄弟らしい」
「だが殴って良い理由にはならない…!」
少し、驚いた。
こいつがそれを言うとは思っていなかった。
「お前が同じ状況でもそれを言えるのか、元V.IV」
「……」
罰の悪い表情でラスティが押し黙る。
「あいつは俺を殺そうとはしなかった。治せる程度の怪我なら問題ない」
私生活にも問題はないし、AC駆動にも問題ない。むしろこの程度の怪我は軽い方だ。
悔しそうに床を睨み付けているラスティから、ぎり、と歯を食い縛った音が聞こえた。
顔を上げたその瞳は揺れていて、そのまま抱き締められた。
風呂上がりなのか、温かく柔らかい香りがする。
「殺されそうになったら逃げてくれ…お願いだ」
「…ああ」
ウォルターの指示で常に腰にはハンドガンを装備しているし、小型ナイフもすぐ取り出せる位置に隠し持っている。
そして相手がこちらを殺す気があるということは、殺される覚悟もできているということだ。であれば、そこは戦場になる。
戦場であれば、敵は殺す。
肩口に顔を埋めたまま動かないラスティの二の腕を軽くノックした。このままではドア前から移動できない。
顔を上げたラスティは、ひとつ息を吐いて肩へ手を回す。
そのままソファへ誘導された。
俺を座らせてから棚から湿布を取り出して隣に座る。
「顔だけかい?」
「ああ」
腹も殴られたがわざわざ申告する程でもないし黙っておこう。
打撲で熱を持っている頬に、ひやりと冷たいシートが貼られた。
じっとこちらを見るラスティに、こちらも見返す。
「…なんだ?」
「いや…」
伸びてきた手が湿布の上を撫でた。
「私も、殴られたことがあってね。きみより酷い怪我を負ったことがある」
「そうか」
この部屋は基地の一番端にある。
以前はそうではなかったのだろう。
「お前が仕事以外はほとんどこの部屋にいる理由は、トラブルを避けるためか」
「…彼らを不快な気持ちにさせないためだよ」
ラスティは背もたれに体を預けて、天井を見上げた。
「私もきみも、殺しすぎた」
「だが戦場とはそういうものだ」
「そうだね…でも、喪った方は深く傷付いたままだ」
手を握られる。
「お前も喪ったのか?」
「みんなそうだよ」
俺を喪っても、深く傷付いてくれるのだろうか。
と、ふと思った。
成すべきことのためには敵対した俺をも殺そうとするやつだ。あの時もし殺されていたら。
そのあと悲しむのだろうか?
…ウォルターを喪った時の俺のように?
「…お前は、なぜ戦い続ける」
上から覆うように握られていた手の、指が絡ませられる。
「殺してしまった仲間の贖罪と、散っていった仲間の遺志を継ぐためだよ」
贖罪と遺志。
そのどちらも、俺にはない。
俺が自ら壊してしまったからだ。
心のどこかで境遇が少し似ていると思っていたが、どうやら気のせいだったようだ。
俺はウォルターを選ばず、ラスティを選んだ。
首輪を引きちぎって、尻尾を振る相手を替えただけだ。
ならばせめて。
「お前の力になりたい」
あの時できなかったことをしよう。
ウォルターの肩の荷を共に背負うことができなかった。
「はは。もう十分、力になってくれているよ」
「世辞はいい」
仕事をするのは当たり前だ。それ以外の、他の部分。
残念ながらこの頭では何も思いつかない。
「俺に何をして欲しい?」
ラスティの瞳が揺れる。
ひとつ、大きく息を吐いて、こちらへ体を向けた。
「それはずるいぞ、戦友」
「なにが…」
「きみのことを好きな相手にそれを言うと、碌なことにならない」
「構わない」
「構ってくれ…」
「お前になら殺されてもいい」
お前が望むのであれば。
「どうしてそこまで…私に委ねられるんだ」
ラスティは顔を手で覆った。
「勘弁してくれ」
そのまま膝の上に肘を置いて、考え事をしているようだ。
頭の位置が下がって、つむじが見えるようになる。
以前、頭を撫でてくれたことを思い出した。頭を撫でられると多少の幸福感を得られる。こいつもそうなのだろうか。
手を伸ばして、髪の上に手を置いた。
びくり、と肩を震わせたラスティは動かない。
嫌ではないのだろうと、その手を上から下へ滑らせる。
まだ少し水分を含んだ固い髪が指の間を通る。
これは、撫でる側も気持ちが良いものなのだな、と感心した。
何度か指通りを堪能したところで手を止めると、恨めしそうな目で見上げられた。
「きみは酷いな」
「…?」
頭を撫でられるのは嫌いなのだろうか。
身を起こしたラスティは、手を伸ばして頬に手を添えた。
そのまま近付いてきた顔をただ見つめる。
唇同士が触れ合った。
離れて、角度を変えてもう一度触れられる。
唇を柔く噛まれて、離れていった。
「………」
頬を少しだけ赤く染めたラスティが、こちらを睨み付けている。
「…なんだ?」
ため息を吐かれた。
「ままならないな。私ばかりきみのことが好きなようだ」
「そうか?」
こちらは命を差し出すと言っているのに?
真似をして顔を近付けると、ラスティが身を引くので腰を引き寄せる。
驚きで目を開いたままのラスティと視線を合わせながら、キスをした。
一度触れて、もう一度触れ直して、唇を柔く噛んで、食んで、強く押し付けて、
「ま、まってくれ」
肩が押された。
「なんだ」
「こちらの台詞だよ」
さらに顔を赤くしているラスティは、変わらずこちらを睨みつけている。
可愛い、と思った。
可愛い?
「どうしたんだ、急に」
「お前が気に食わないことを言うから、真似をした」
「気に食わないこと?」
「"私ばかりきみのことが好きなようだ"」
「事実だろう」
「俺もお前のことが好きだ」
「だからそれは種類が違うんだ」
「なぜお前に分かる」
「分かるさ。見ていれば」
勝手に決めつけるな。
「なぜ分かる?」
「…好きな人にキスをされたら照れるものだろう?それか、いつもの調子でいられないとか、あるんだ。そういうものが」
「それはお前のことだろう」
「…きみはさっき、キスをしてどうだったんだ?」
「可愛いと思った」
「かっ……!?」
ラスティの眉間に更に皺がよる。
「私は可愛くない。その表現は間違いだ」
「それなら俺も可愛くない」
「いや、きみは可愛い」
「ならお前も可愛い」
埒が明かない。
話を戻そう。
「それで、俺にして欲しいことはないのか?」
「…………」
息を吸って吐いたラスティは、眉間の皺を取っ払った。
「ずっとそばにいて欲しい」
「ああ。そのつもりだ」
そんなことで良ければ。
お前が先に死んだら、後を追って駆けつける。
俺は先に死なないように最善を尽くす。
…そういえばシャワーがまだだった。
会話も区切りが良いところで終わっている。
シャワーを浴びてくると一言告げて席を立った。
「なんなんだきみは…」
ラスティは頭を抱えた。