お買い物
朝起床して、支度が終わり次第仕事へ向かう。
仕事が終われば帰投して、機体のメンテナンスを行う。
飯を食って、シャワーを浴びて、眠る。
「戦友、たまには外出をしないか?」
朝、いつもの時間に目を覚ましてベッドから足を放り出したところで、隣のベッドで寝転んだままのラスティに声をかけられる。
「外出なら毎日している」
「仕事以外で、という意味だよ。フラットウェルには話を通してある。きみは仕事をしすぎだ」
そういえば今日は何も依頼を受理できていないことに気がついた。データを確認すると、全ての依頼日が来週以降になっている。
放り出した足をそのままに、ベッドの淵に腰掛ける。
「仕事以外に何をする?」
「私とデートをしてくれ」
ラスティも同じようにベッドの淵に腰をかけて、俺の手を握った。
「デート?」
「まぁ、言葉の綾だよ。今日は商船が来るから二人で見に行かないか」
手はそのまま離されず、指を絡めたり、手のひらを押されたりして弄ばれる。
ルビコンは現在、旧宇宙港がそのまま商業の場として扱われることが度々ある。その商船とやらもそこへ着陸して一時的に商売をするのだろう。
遊ばれている手を見つめながら考えた。
アーキバスから奪還した基地には保存食が大量にあり、食糧には暫く困らない。衣服も着回せる程にはある。この部屋に足りないものはない。個人的に欲しいと思うものも、無い。
不要だ、と言おうとした瞬間、ラスティが立ち上がった。
「さぁ、準備をしよう」
手を引っ張り上げられて、自然と腰を浮かせる。
行く必要はないが、断る必要もない。言われるがまま朝の準備へ取り掛かった。
*
ACで向かっては怖がらせてしまうからと、ラスティの運転する車の助手席へ乗せられた。
解放戦線で共有して使っているものらしく、毛布やさまざまなものが散乱している。誰かの靴下、ぬいぐるみ、ジャケット、傘、鍵、端末。
ガタガタと揺れる車内は快適ではなかったが、壁の厚いAC越しでは聞くことのない地を走る音が心地良かった。
「今度、解放戦線でパーティーをしようという話が出ていてね、それの買い出しを頼まれているんだ」
「…頼られているんだな」
「さて…どうだろうね」
「…?」
遠くを見るラスティのその声はどことなく頼りなかった。
ざわざわとする胸に不快感を抱いて、ラスティの前髪を少し横に流す。顔が見えないのが、なんとなく不安だった。
その行為に驚いたのか目を丸くしたラスティと目が合う。
「…どうしたんだい?」
「いや…」
理由が分からないから答えられないでいると、穏やかに目を細めて、俺の頭をくしゃくしゃと撫でつけた。
「…ふふ。戦友、今日は楽しもう」
何か良いことでもあったのか、上機嫌になったラスティは鼻歌を歌いながらスピードを上げた。
*
商船は想像よりも大きく、戦艦の中にいくつもの店が開かれているようだった。
解放戦線に来た時もそうだったが、ACと輸送機の中で生活していた時と違って、いきなり世界が広がるような、そんな感覚に陥る。
見たことがないもの、見たことがない人間に囲まれて、目がまわる前に脳が情報を制御した。
隣に歩くラスティだけはっきりと認識することができる。
そういえば、いつの間にか隣を歩くことが当たり前になったな、とそのスティールヘイズと同じ色の瞳を見た。
ばち、と視線が絡み合って、指先をつん、とつつかれる。
「なんだい?戦友」
「?ああ…いや、なんでもない」
「ふふ。私に見惚れていたのかな?」
「そうかもしれない」
「……」
ラスティは変な顔をした。
「…きみといるとどうも調子が狂うな」
「?」
視線をさ迷わせているラスティが、ひとつの場所でその視線を止めた。
何か欲しいものでも見つかったのだろうか、とそれを見ると、色鮮やかな丸い食べ物があった。
ほんのりと辺りを漂う嗅いだことのない香りが神経を刺激して唾液が分泌される。美味しそう、ということだろう。
「これは…珍しいね」
「そうなのか」
「果実の実らないここでは貴重でね。ほら、信じられない値段をしているだろう?でもその分美味い。この果実は甘酸っぱいんだ」
「甘酸っぱい…?」
ワームや水分を持っていかれる保存食、無味や変な味の液体しか口にしたことがなく、吐き気のする酸っぱい味を知っていても、甘い味は知らなかった。
「食べたことがあるのか」
「ああ。一度だけね」
そう言ってカードを取り出したラスティは、店員へ一言二言交わして果実を手に入れた。
「金は問題ないのか」
ハンドガンが1つ買える値段だ。
「たまにはいいだろう」
布の袋に入れたオレンジ色のそれは、太陽のようで目を引いた。
そのあと、服を数着と買い出しの品をいくつか購入し、お互いの両手が埋まってきた頃、ラスティが足を止める。
その先を見てみると、アクセサリー屋のようだった。
ACの操縦には不要なものだ。指にあると操縦棍に影響があり、耳や首にあると引っかかった時に肉体が怪我をする可能性がある。
だがラスティはネックレスを日常的につけている。ドッグタグとも違う、おそらく着飾るためのものだ。
だから今目を奪われていたその指輪もそのためのものだろう。
特に気になるものはなかった、とでも言いそうなラスティは顔を背けて歩を進めた。
そのままついていって良かったのだが、なんとなく後を引かれて、衝動のまま指輪を手にしていた。
「あれ?戦友?」
数歩歩いて隣にいないことに気付いたラスティが振り返る。
その手に、支払いを終えたばかりの指輪を握らせる。
「やる」
「…え?」
手を開いたラスティが硬直した。
「な…ぜこれを?」
「さっきお前が欲しそうに見ていただろう」
「…ああ、でも、なぜ私に買ってくれたんだ?」
「?…理由がいるのか?」
「いや……」
赤くなってきたラスティは、手で口元を覆った。
何か琴線に触れてしまったのだろうか。
「これは…きみにあげたいと思って…いや、違うんだ。そういう意味じゃない。そもそもきみは指輪に興味はないだろう?」
「ああ」
そういう意味とはどういう意味のことだろうか。
「それに果物を買ったしね。二人で食べるとより美味しいだろうし感想も共有できる。アクセサリーよりこちらのほうがきみが喜びそうだ。……」
「?」
「……」
どうしたんだろう。
ラスティが赤くなったり青くなったりしている。
強化人間特有のバグかもしれない。直してやるべきか、いや直し方が分からない。
「…指輪を、嵌めてくれないか」
意を決したような表情でこちらに向き直ったラスティが、指輪を載せた手をこちらに差し出した。
「分かった」
指輪のプレゼントとはそうするものなのだろう。
受け取って、とりあえず目についた左手の薬指へ嵌める。
「……っ!」
息を呑んだラスティは顔を覆った。
隠せていない耳が赤い。
「きみはどうしてそうなんだ」
「?そう、とはどれだ?」
「今ので分かってしまったじゃないか」
「何がだ」
「きみのことがっ……」
はっとしてラスティが顔を上げる。
周囲を見渡す彼を見て、自分も周りに目を向ける。
こちらを見ている人が多い気がする。
「……場所を移動しよう」
「?分かった」
手を引かれて商船を出る。
冷たい風が吹き付けるが、やけに手が熱いラスティにはちょうど良いくらいだろう。
車の後部座席に購入品を積んで助手席へ座る。
ドアの外に立ち尽くしたまま運転席になかなか座ろうとしないラスティへ目を向けた。
「ラスティ?」
「…密室はまずい」
「?何を言っている」
この車に乗らないと帰られない。
それに寝泊まりしている場所も密室だ。
何がまずいのか言ってくれなければ分からない。
ラスティは大きく息を吸い込んで吐いた。のを5回は繰り返してから運転席へと漸く座った。
「…待たせたね」
いつも通り言ったつもりだろうが、冷や汗を流している。
「さて、じゃあ良い時間だし帰ろうか。商船は暫く滞在するから、また散歩にでも来よう」
「ああ」
ラスティがエンジンをかけて、ペダルを踏む。
車がバックした。
「……」
「…大丈夫か?」
「ああ。すまない」
今度はきちんと前へ走り出す。
やけにスピードの速い車にACを彷彿とさせながら、来た時の半分の時間で基地へと辿り着いた。
*
解放戦線についたら、先ほどまでの動揺が嘘のようにいつも通り振る舞うラスティに目を丸くした。
買い出しの品をフラットウェルへ渡し、果物を入れた布袋のみを持って帰路に着く。
部屋へ着いてソファに座る。
キッチンに果物を置いたラスティは、包丁を入れていった。
数分もしないうちに鮮やかな色の乗った皿が机に置かれる。
フォークを渡されて、隣にラスティが座った。
「じゃあ食べようか」
にこ、とひとつ微笑んだラスティは、果実を一切れ刺して口へ運んだ。
「うん。うまい」
どことなく感じる不自然さに怪訝に思いつつも、その果実を刺して口の中へ運んだ。
舌にダイレクトに伝わる清涼感のある酸っぱさと、それと調和する甘さが脳神経を刺激した。
果実を噛む。果汁を包む皮一粒一粒が弾けて、じゅわりと口内に果汁が染み渡る。
何回か噛んで粉々になったそれを名残惜しくも飲み込んだ。
なんでこんなものを食べて平静でいられる?と隣を見ると、惚けた顔でこちらを見つめるラスティがいた。
「…ラスティ?」
「……あっ、ああ…つい美味しそうに食べるものだから」
「…見惚れたのか?」
朝のラスティの発言を真似して同じように返してみると、ラスティの顔がみるみるうちに赤くなっていく。
「…そうだね」
ラスティの手が俺の背の後ろを通って、体の左側へと置かれる。
必然的に急激に近づいた距離に疑問を抱きつつもフォークを果実へ伸ばすと、その手を掴まれた。
振り向くと、鼻が触れ合いそうな距離で見つめ合う。
「キスをしても?」
「キス?なぜだ?」
「そうだな…きみがあまりにも可愛いから」
「可愛いという表現は誤っている」
「私はそうは思わないよ。…だめかな?」
「……」
考えてみる。
キスをしてはだめな状況をそもそも知らない。
なら別に構わないのではないだろうか。断る理由もない。
「問題ない」
瞳を揺らしたラスティは目を伏せた。
「……いや、やはりやめておこう」
「?」
最初に座っていた位置まで離れたラスティは、果実をひとつ刺して俺の口元まで持ってくる。
食べろということだろう。そのまま口に入れた。
「きみに私と同じ感情を知って欲しいからね」
果実を味わう。
甘酸っぱい、美味しいが脳を満たす。
「聞いているかい?」
「ああ。美味い」
「はは。きみの前では格好がつかないな」
ラスティが手を伸ばして、頬をひとつ撫でた。
そのまま頭へ移動して、頂点から頭の丸みを確かめるように、何度か行き来する。
頭がふわふわとする。これは好きだ。ウォルターもたまにしてくれていた。
気持ちの良さに目を細めると、小さく笑みが溢される。
「頭を撫でられるのが好きなのかい?」
「…ああ。ウォルターがたまにしてくれていた」
「…へぇ…」
少し低い声で相槌を打ったラスティは、撫でる手をそのままに空いた手で体を引き寄せられた。
肩口に顎を乗せて、耳へ口を近付ける。
「戦友」
いつもと変わらないはずなのに、囁かれたその言葉に体の芯が粟立つ。
「…なんだ」
背に回された腕に力が込められて、頭の上で緩く撫でる手はそのままに抱き竦められる。
ふわふわした気持ちはどこかへ行ってしまった。
髪と頭皮を滑る指が感覚を刺激する。
「これでも同じかな?」
顔を上げたラスティと至近距離で目が合う。
スティールヘイズと同じ色の瞳が熱を持って溶けている。
「いや…」
目を細めて鋭くなった視線に背筋に電撃が走った。
俺に何をしているんだ、こいつは。
攻撃されているような気分になり肩を押して体を離した。
目をぱちくりとさせたラスティは、先ほどまでの妙な雰囲気を引っ込めて朗らかに笑った。いつものように。
「果物の残りを食べてしまおうか」
「ああ…」
ひとまず胸を撫で下ろしてちらりと隣を盗み見る。
「ああ、本当においしいな、これは」
顔を綻ばせて果物を咀嚼するラスティは、今日見た中で一番自然だった。